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緋色の剣姫と救国の軍師  作者: 今川幸乃
序章 七年前
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逃亡

 ……などと思ったのも束の間。帝国軍は城には到達しておらず、食糧や路銀も豊富に渡されたため、すぐに俺たちは緊張から解放された。王族だ何だと言っても所詮は子供であり、気が付けばルイスの領地に向けて行楽気分で歩いていた。俺たちが向かうのはルイスの領地の中でも別荘が建っているような田舎の飛び地であり、戦略的な要地でも食糧の生産地でもないため、戦争をしているというのが嘘のように平和な旅路が続いた。


 最初はツンツンしていたエリヤも予想外の平和な道中に毒気を抜かれたのか、途中からはかなりリラックスした雰囲気になった。もしかしたらあの時の態度は帝国軍に連戦連敗の報が届いてぴりぴりしていた城内の雰囲気にあてられていたのかもしれない。


「お前、いつも本ばかり読んでるな」


 ある日の休憩中のこと。エリヤは夜宿泊するときだけでなく、道中のちょっとした休憩の際でも隙を見ては本を読んでいるので俺は気になって声をかけた。ちなみに、最初の方はエリヤが怖くてあまり声をかけていなかった。


「そうよ。私には志があるもの」


 エリヤの読んでいる本のタイトルは『外交論基礎』。言うまでもなく旅の休憩中に子供が読むような本ではない。ちなみに俺は時間が空いたときはひたすら剣を振っていた。


「外交官になるのか?」


 俺は子供らしく何も考えずに口を開いた。するとエリヤは俺を白い目で見る。


「一応私王族なんだけど。私の夢は大臣よ」

「すごいな。すごいけど、王じゃないのか」


 繰り返すが、当時の俺はただのガキである。発言に深い意図はない。


「ええ。残念だけどこの国は父子継承だから父上が王になる可能性は限りなく低いわ。そしたら私も王にはなれないでしょう?」

「確かに。そういえばそうだな」


 所詮俺はただのガキである。一応剣の使い方ぐらいは教わっているが、政治には何の興味もなかった。まあ、今となっては継承権がどれだけ高くても次の王にはなれないだろうが。


「いいんじゃない? 別に君は大臣になる訳じゃないんだし」


 エリヤは馬鹿にしているようなしていないようなことを言う。


「えー、そう言われると大臣になりたくなるなー」

「うっそ、ジークが大臣って全く似合わないんだけど」


 そう言ってエリヤは身をよじって笑い転げる。俺はこのときはじめてエリヤが笑う姿を見た。まさかこのときはそれが最初で最後になるとは思いもしなかったが。




 事が起こるのはいつだって突然である。エリヤと和やかな会話を楽しんでいた俺は、気が付くと目つきの悪い男たち三人に取り囲まれていた。そいつらは手に手に短剣を持ち、獲物を狙う肉食動物のようなぎらぎらした目つきで俺たちを睨みつけてくる。


「おいそこのガキ共。身に着けているもの全部脱いで置いていきな。そしたら命だけは助けてやる」


 俺はさっと緊張に襲われた。それでも父に施された教育が染みついていたからか、反射的にエリヤをかばうように前に立ったが、後ろにも男はいるのであまり意味がなかった。


「ふう、帝国兵も随分落ちぶれたものね。まるで野盗のようだわ」


 ちなみにこんなことを言っているエリヤの手は小刻みに震えている。

 男たちは薄汚い衣服に身を包んでおり、手に持っている武器もよくみれば粗悪品で汚れていた。それにここまで帝国兵が来ているはずはない。


「違うだろ。こいつらは本当に野盗だろ」


 俺は思わずそう言ってしまっていた。


「おい、誰が野盗だ。ぶっ殺すぞ」


 野盗の一人が怒鳴る。


「すいません、今すぐ身ぐるみ剥がれますんで命だけは」

「当然そこの女もだ。命は取らないけど金目のものがないか身体を隅々まで調べないといけないからちょっと時間がかかるかもしれねえなあ」

「なんせ俺たちは野盗らしいからな」


 男たちは分かりやすく下卑た笑いを浮かべる。この状況でエリヤの命を救う可能性が一番高い行動は残念ながら要求を呑むことである。いくら俺が訓練していたとしても、体格差のある大人三人相手と戦うのは難しい。第一、俺が戦っている間にエリヤが捕まればそれで終わりである。

 くそ、何で俺は護衛という大役に選ばれたのにこんなことしか出来ないんだ。俺は屈辱をかみしめ、黙って服を脱ぎ始めた。将来はこんな奴ら相手にびくともしない恰好いい騎士になりたい。もしも将来というものがあるのならば。


 このとき、もしかしたら俺は初めて将来というものに自発的に意志を持ったのかもしれなかった。今まで俺は父の言うがまま、そういうものだと思って剣を振っていただけだった。だが、今強くなりたいという気持ちは紛れもなく自分の意志から出たものだった。


 が、意志とは裏腹に俺の行動は情けないものだった。俺は言われるがままに服を脱ぎ続ける。


「ほら、早く女も脱げよ」

「脱げ脱げ」


 野盗が手を打ってはやし立て始めた時だった。突然、どこからか矢が飛んできて野盗の首元を射抜き、彼はそのまま物も言わずに倒れた。


「な、何だ」「一体何者だ」


 が、すぐに追撃の矢が飛んでくる。多少警戒していた今回は何とか避けたものの、二人の男は恐怖に打ち震えていた。三本目の矢が足元に突き刺さったとき、二人は脱兎のごとく逃げ出した。


「い、一体何だ?」

「そこの子供たち、大丈夫?」


 そこへ近くの森の中から駆け寄ってきたのは矢筒を背負い弓を持った若い女だった。狩の途中だったのだろうか、野良着のような粗末だが動きやすそうな服には血がついている。


「すみません、ありがとうございます」


 俺はどっと全身の力が抜けて思わず座り込みそうになる。


「ううん、それより良かったわ、無事そうで。怪我はない? 変なことされなかった?」

「いえ、おかげさまで」

「どちらへ向かってるの? 良かったら送っていくわ」


 俺は無力だ。だとすれば答えは一つしかない。


「……お願いします」


 ちなみに、終始無言だったエリヤは俺にだけ聞こえる声でつぶやいた。


「国を失った王族には何の価値もないのね」


 こうして俺たちは狩人の方に送っていただき無事ルイスの領地に到着した。結果的に最大の危機が野盗だったというのは拍子抜けだが、それすらどうにか出来なかった俺は自分の無力を恨んだ。


 その後俺たちは人里離れた山奥に用意された隠れ家に案内された。俺たちは山奥の静かな隠れ家で帝国軍が去るまでのんびりと過ごすぐらいのつもりでいた。俺は父のことが、エリヤはルイスのことが気にはなっていたが、表向き俺たちは平静だった。心配でない訳ではなかったのだが、予想外に平和な日々に油断してしまっていたのかもしれなかった。俺は毎日剣の修行をし、エリヤもルイスの書庫から大量の本を持ち出して、静かな山奥で読書にふける生活をそれなりに楽しんでいるようには見えた。

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