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緋色の剣姫と救国の軍師  作者: 今川幸乃
第三章 征西軍
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レーネ・カトル Ⅰ

 こうして俺たち大公国征西軍はアルセ=グランフィールドを総督に戴き首都エクタールを出発した。グランフィールド家のシンボルでありこのたび国旗にもなった“空を舞うグリフォン”の旗を掲げた一万の軍勢は見物に集まった人々を圧倒しながら西へと行軍していったのだった。このまま何に遮られることもなく砦に到着し、一日も経たずに押しつぶす。そんな気持ちになっていた俺たちだったが、行軍中、思わぬ珍客を迎えることとなる。


 俺たちが行軍することしばし。まだアルセ川を渡っておらず領内にいる間のことである。突如西の方から軍の前に一騎の飛竜が飛んでくる。乗っているのは女一人で、使者であることを示す白い旗を掲げている。東ではなく西からなのか。


「帝国からの降伏の使者かな?」

「まさか」


 まだ帝国領に入ってすらいないのにポジティブすぎやしないだろうか。しかし西にある勢力といえば帝国ぐらいである。


「行軍停止。使者の方をお通しして」


 アルセの言葉に使者の到来を告げに来た兵士は面食らった。普通使者が来たという知らせがあってから行軍停止するのではないだろうか。とはいえアルセの命令通りすぐに行軍は停止される。そして一人の女が軍勢の中を案内されてやってくる。


 年のころは二十代半ばだろうか。理知的な瞳と大軍の中を通っても動じない堂々とした態度が印象的である。そういうところはエリヤに少し似ているかもしれない。服装は緑のブレザーときっちりとした折り目がついたスカートだった。聞くところによると帝国文官の装いらしい。ちなみに武装はしていない。


「ようこそグランフィールド大公国征西軍へ。私は総督のアルセ=グランフィールド」

「お初にお目にかかります、“アガスティア共和国”のレーネ・カトルと申します」


 そう言ってレーネは軽く会釈する。アルセとその大軍を見ても動じる様子はない。俺はレーネという名前を聞いたことはなかったが、“共和国”というフレーズには聞き覚えがあった。何でも、帝国で起こっている民衆叛乱の参加者たちが目指している国の形という。ということは彼女はその叛乱軍からの使者か。確かに、叛乱軍から見れば敵の敵理論で俺たちは味方である。


 そんな彼女を見てアルセの隣に控えていたリネアは首をかしげる。そして訝しげにレーネに尋ねた。


「聞かない名前ですがあなたの役職は?」

「帝都で民生課の役人をしておりました」

「ただの役人がアルセ殿下に対等に接するとは頭が高いのでは?」


 レーネはまるでその辺の木っ端役人がアルセに口を利いたかのような(身分だけで言えばそうなのだが)態度をとっており、俺は困惑した。やはりアルセの下にいるだけあってリネアもそこそこ政治音痴なのではないか。割り込むかどうか迷ったが、先にレーネが口を開く。ちなみに、アルセは物珍し気に彼女を見つめていた。リネアの問いに彼女がどう反応するか興味があるのだろう。

 そんな俺たちの注目を知ってか知らずか、レーネは毅然とした態度で言葉を発する。


「こちらではまだ貴族様が偉いのですか?」


 レーネの口調は平坦なものであったが、言葉選びからははっきりとした侮蔑の意志が感じられた。彼女にとっては貴族というのはすでに過去の遺物に過ぎない。そんな明確な意思が感じられる。


「何を言う」


 リネアは本当に意味が分からなかったのか、やや困惑した様子で答える。それを見てレーネは攻勢に出た。


「いえ、こちらではもうそのような時代は終わりましたので、これは失礼いたしました。ところでグランフィールド大公国や殿下という言葉が出ましたが、ガウゼル殿はいつごろ独立されたのですか?」

「無礼でしょう! 陛下、もしくは大公様とお呼びなさい!」


 リネアが声を荒げる。が、レーネは動じる雰囲気もない。


「現在帝国では民衆こそが政治の主権者となるべく革命が起こっています。そうなればお貴族様も文官である私もともに政治の主権者となります。私は一国の主権者であるため誰に対しても卑屈になることはありません」

「な、何……?」


 リネアは言っている意味が分からないながらも怒気を浮かべてアルセをちらりと見る。アルセは軽くリネアを手で制し、なぜか俺を見る。まじかよ、と思ったが話を進めなければならない。それに大公国軍には誰もこいつの言っていることを理解できなかったと思われるのも癪である。

 ちなみに、俺が見る限りアルセも沈黙して分かっている雰囲気を装っているだけでおそらく分かってはいない。


「要するに叛乱の目的は帝政を打倒し、民衆が話し合いで政治を行う共和制を実現することだと言うのだな? そうなれば貴族など過去の存在に過ぎない、と」


 エリヤに付き合わされて政治の学問をかじっていたおかげでかろうじて俺は意味を理解した。ただ、共和制などという政治体制は言葉で説明することが出来ても想像することは出来なかったが。


「あなたは物分かりがいいですね」


 どことなく上から目線の態度なのを感じる。


「その共和制というのはどうやって行うの?」


 ようやくアルセが口を開いた。その質問はレーネにとって下らなくはなかったのだろう、レーネは今度は対等な態度で答える。


「色々手段はあるかと思いますが、私たちは民衆が投票で選んだ代表者により議会を作り、そこで国の方針を決定しようと考えています」

「なるほど」


 おそらくアルセは理解していないが、鷹揚に頷く。この話はなかなか面白いが、別に今すべき話ではない。今下手に掘り下げるとこちらの無知が露呈するだけである。それにリネア(と周囲の武将たち)はレーネの態度に苛立ちを隠さないので話を進めることにする。


「それで、一体なぜ我らのところへ来たんだ? まさか俺たちに共和制を敷けという訳でもないだろうな?」

「それについてはこちらに私の詳しい考えが書いてあるので暇なときにでも」


 そう言ってレーネは一冊の本を俺に手渡す。大量に作っているのだろう、薄い紙を綴じただけの簡素な製本だった。


“共和制の精神 著レーネ・カトル”


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