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緋色の剣姫と救国の軍師  作者: 今川幸乃
第二章 独立不羈
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辺境伯家の事情

「なあリネア」

「何でしょう」


 リネアはアルセに紹介された文官の一人である。ウェーブがかったセミロングの髪と穏やかな瞳の女性で、アルセとは逆に落ち着いた雰囲気であった。アルセと仲が良さそうなのと、歳が近くて気さくな性格で話しかけやすかったので俺は気になっていたことを彼女に聞いてみることにする。


「アルセ殿とオルヌス殿はどういう感じなんだ?」


 あえてぼかした表現で尋ねてみる。するとリネアはあー、と何かを察したような微妙な表情になる。


「ちょっと色々と複雑な事情があるんですよね。軍師様にはせっかく私たちのために動いていただいているので少々詳しくお話しますね」

「頼む」

「元々七年前、帝国に滅ぼされるまでのこの家はここまでこんな感じではなかったんです。確かに当時から伯爵閣下は武を好む方でしたが、もうちょっと普通の貴族に近い雰囲気でした」


 オブラートに包まれているが、要するにあそこまで武勇一辺倒ではなかったということだろう。リネアも文官だけあって何となく普通ではないということに気づいているらしい。


「今ほど勇猛な家風ではなかったということか?」

「そうですね。そして当時はアルセ様も幼く、順当に長子のオルヌス様が跡継ぎになるものと皆考えておりました。あ、私は当時からアルセ様の並々ならぬ才気に気づいていましたよ? 三才の誕生日の時、何が欲しいかガウゼル様に聞かれてあの剣を指したんです」


 リネアは目を細めて語っている。

 なんかアルセの話題になって急に饒舌になったな。


「三つ子の魂百までってやつだな」

「はい、それはもう。そして当時はそこまで派閥というほどでもなかったのですが、実はオルヌス様とアルセ様は母親が違うのです」

「!」

「オルヌス様の母親は友好のあった貴族家から迎え入れた方、そしてアルセ様の母親が我が領の南方に棲む“火山の民”の集落でガウゼル様が見初めた方です」


 なるほど、身分の高い正室と身分の低い側室ということか。男女の差に加えてそれもあって当時はオルヌスが後継者候補だったのだろう。貴族家では当主が何人もの妻を持つことはよくあることだが、出身により明確に序列があり、親の序列により継承権の優劣も自然に決まってくる。もちろん、母親の序列の順位と子の能力の優劣が一致しなくて後継者争いが勃発する例は枚挙に暇がないが。


「“火山の民”とはどういう民なんだ?」

「はい。我が領の南方は山間になっているんですが、そこに棲む赤髪の剽悍な者たちがいて、私たちはそう呼んでおります。身体能力が高く勇敢で敵を恐れない。まさにアルセ様に代表されるような民ですね」

「分かる気がする」

「そして迎えた七年前の戦いで、グランフィールド家に代々仕えてきた家臣の方々が数多く討ち死にされました。さらに平野部の肥沃な領土を帝国に奪われ、私たちの領地は山間が多くなりました。そこでガウゼル様は“火山の民”との交流を深め武勇に優れた者を数多く将や兵として召し抱え、七年の間鍛錬を続けてきたのです」


 なるほど、七年前の戦いにより辺境伯家内のパワーバランスが変わってしまったということか。加えてオルヌスとアルセが成長し、アルセの方が辺境伯の好みに育ってきたということが分かったのだろう。


「なるほどな。それで今はアルセ殿の方が何となく中心にいるが、別に正式に後継者となった訳ではないということか」

「その通りです。そしてアルセ様とオルヌス様はお二人同士の仲は良好なのです。最近はさすがにないですが、幼いころはよくお二人で遊んでいました」


 リネアは懐かしそうに目を細める。アルセは考え方は違うし対立する立場になりつつある兄のことを嫌いになれず、苦慮しているのだろう。


「オルヌス殿はこのたびの挙兵についてどのようにお考えなんだ?」

「もちろんオルヌス様とてかつての領地を取り戻すことについては賛成であったようです。しかしオルヌス様、いや本人というよりはその一派はこの七年間帝国との交渉を受け持ってきました。王国の意向が停戦なら、帝国とはまた和議を結びたいと考えているはずです」


 なかなかに面倒なことになっているようだった。確かにそんな状況でオルヌス派の文官をアルセ派(?)の俺が使うというのは難しいだろう。まあ、それを言い出せば今のまま家が二派に割れたまま王国からの独立と帝国との戦争を始めるというのもだいぶ無理があるが。


「大丈夫なのか?」

「はい、色々あるとはいえガウゼル様がいればお二人ともその後についていくより他にないですから」


 リネアは本心からそう言っているようで俺は安心する。ある程度の勢力ともなれば中で多少の派閥が生じるのは当たり前。しかし当主ガウゼルの元まとまっているのならば心配はいらないだろう。


「確かにそうだな。それなら、安心して目の前の仕事に戻るか」

「はい」


 そして俺はリネアらと新独立国についてああでもないこうでもないと相談を始めた。俺たちは確固たる理念や主義主張があって国を興す訳でもないので色んなことがあやふやだった。

 そもそも国名はどうするのか。

 国家元首の立場は王なのか、公なのか、伯のままなのか。

 近隣の国にはどう挨拶するのか。

 民衆にはどう説明するのか。

 独立をいつどのように発表するのか。


 決めることは山積みだった。俺が勝手に決めていいのかと思うことばかりだったが、辺境伯もアルセも何も言ってこないしリネアも「いいんじゃないですか」と言うので俺は勝手に決めていくことにした。どうせ最後には辺境伯の裁可を仰ぐので何とかはなるだろう。

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