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緋色の剣姫と救国の軍師  作者: 今川幸乃
第二章 独立不羈
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アルセ

『エリヤ閣下

前略

 とりあえず最初に謝っておきます。わずか二日の間に急な方針転換まことに申し訳ございません。


 まず辺境伯の様子を説明します。彼は帝国の主力と戦わされたうえ、王国からは明確な恩賞もなく、帝国領の切り取りも禁じられることを不満に思っています。王国は辺境伯に旧領を安堵していますが、その領地を辺境伯は自力で切り取ったため当然の権利と考えているようです。もちろん王国としても辺境伯の勢力をこれ以上拡大させる訳に行かない以上、恩賞は出しづらいでしょう。


 そこで私は辺境伯の独立を提案します。王国は辺境伯に独立を認める代わりに不戦条約を結び、国の土台を作るべきかと思います。帝国と辺境伯の争いには中立を貫くべきかと思います。もし軍勢を出して辺境伯を威圧しても暴発が先延ばしになるだけと思われます。それに、再興したばかりの王国が内部から崩壊する懸念もあります。


 不吉なことを申し上げてしまい大変申し訳ありません。このような事態を招いてしまったこと、重ね重ねお詫び申し上げます。

草々

“戦々恐々”ジーク』


「うわあ……こんな手紙出したくないな」


 その夜のこと。辺境伯は俺をもてなすために盛大な祝宴を開いてくれた。祝宴の間中俺はずっとエリヤにどう言い訳するかを考えていたのだが、まともな案など思いつくはずもなかった。そのため祝宴中俺はずっと上の空で、何も楽しくなかった。そして祝宴が終わるなり俺は机に向かった。


 そもそも、立場上目上である王国に対し辺境伯の軍事力が追いついてしまっている以上、双方不満のない解決など出来るはずもないのである。ただ、軍事力が対等(本当に対等かは分からないが)である以上、俺たちは対等な関係になるべきである。でも、だからといってエリヤがそれをよしとするとは思えない。仮に良しとしたとしても俺は責められるだろう。


「嫌だなあ」


 俺は机に向かうのをやめて部屋を出た。


 城の庭は練兵場を兼ねており、ひどく荒涼とした風景だった。だだっ広い野原に申し訳程度に草が生えており、月明りだけが輝いている。気分が悪い時は嫌な方向に物を考えてしまうもので、俺はこの荒涼とした風景が俺の未来を暗示しているようでひどく嫌な気持ちになった。


 そんな庭の片隅で俺は人影が動いているのを見かけた。彼女は月明りの中、しきりに長剣を振るっている。その長剣で分かったのだが、彼女はアルセだった。今のアルセは白い無地のシャツにスカートという動きやすい恰好で、こうして見るとただの剣術熱心な少女に見える。しかしその表情は真剣だった。


「誰?」


 アルセが振り向く。そして俺の顔を見ると少し意外そうな顔をした。


「どうしたの?」

「いや、ちょっと考え事をしつつ夜の散歩を。アルセこそどうしたんだ?」

「別に。日課の素振りだけど」


 ただの素振りだったがアルセがすると舞を舞っているかのような優雅さがあった。俺が見とれていると、不意にアルセは手を止めて話しかけてくる。


「ジークは領地と領民を護るのに一番大事なことは何だと思う?」


 アルセが俺を見つめる。


「護り抜くという覚悟」

「いや、それはそうだけど。正解は武力だよ」


 アルセはおかしそうに笑う。


「七年間帝国に従わされてて分かったんだよね、やっぱり結局は武力だって。そして武力が逆転したからこそ私たちは独立できた」

「武力と言っても色々あるんじゃないか?」


 アルセの持つ個人的な武技。兵力。そして小銃に代表される兵器。他にも挙げようとすれば色々ある。


「うん。ただ、家の武力は結局兵士に依存する。兵士っていうのは指揮官に心服していれば強くなるし統制もとれる。それで兵士はどんな指揮官に心服すると思う?」

「それで剣の鍛錬を?」

「うん。結局、強さっていうのが一番分かりやすいから。恩賞とかは勝たないと出せないし、性格で人望を得るのは難しいよ、色んな人がいるから」


 アルセの言いたいことは分かった。彼女も彼女なりに必死で領地と領民を護ろうとしているのだろう。帝国領を切り取って広い領地を得て強大な軍隊を組織出来れば安全になるというのは一つの理屈ではある。まあ、賛否はあるだろうが。それに向けてまっすぐ努力することは好感が持てることではある。


「問題はアルセが貴族の役割を軍事指揮官としてしか捉えてないことだろうな」

「え? 貴族って軍事指揮官みたいなものでしょ?」

「……」


 俺は閉口するしかなかった。しかし考えてみれば一人で何もかもを出来る必要はない。アルセはやや性格に問題はあるものの人望はあるようだし、他に政治向きのことを見れる人がいればいいだけのことである。


「そうだな。アルセはそれでいいかもしれない」

「うん」


 俺の言葉にアルセは嬉しそうに頷いた。問題は他に政治向きのことを見れる人が今のところいなさそうなことであるが。


「あ、でもでもジークが来て独立したらいいって言ってくれてさ、外交っていうのも大事だと思ったんだよね。私、あのとき目から鱗が落ちるような気持だったよ」


 そこはもっと早くから外交の重要さを知ってて欲しかった。俺は照れ隠しに少し俯く。


「まあ大事なのはここからだけどな」

「うん。だからジークは軍師として私たちに足りないそういう部分を手伝って欲しいなって思う」


 アルセはきらきらとした瞳で俺の手を握る。結局その辺りのことを考えるのは俺に回ってくるのか。何で俺が、と思う反面誰かにこういう風に頼られるのは悪い気はしなかった。それに、アルセを手伝えば今度こそ帝国にとどめを刺すことが出来る。俺は決意した。


「ああ、手伝う」


 その後、俺は意を決して手紙を出した。

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