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緋色の剣姫と救国の軍師  作者: 今川幸乃
第二章 独立不羈
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家風

 その後、上機嫌になったアルセは鼻歌を歌いながら俺を部屋まで案内してくれた。俺は辺境伯をどう従わせるかという難題が王国をどう納得させるかという別の問題に変わっただけで依然として頭の痛い状況が続いているので全くアルセのテンションにはついていけなかった。ただ、後ろ向きな悩みが前向きな悩みに変わったことで少しだけ心は軽くなった。


 俺たちが歩いていると、一人の思いつめた顔の男がこちらに向かって歩いてくる。年は三十ぐらいで軍装をしており、多少の階級のある者に見えた。辺境伯家の男はいかつい顔つきのいかにもな軍人といった風格の者が多いが、彼は落ち着いた風貌で理知的な光を瞳に称えている。


「あれ、オリバーじゃん。どうしたの?」


 オリバーと呼ばれた男は暗い顔で答える。


「アルセ様、実は折り入ってお話があるのです。こちらは王都からの方でしょうか?」

「うん。“救国の軍師”ことジーク・バルトール殿」

「どうも、初めまして」


 俺はいまいちどう挨拶していいか分からない。なんか気に入られてしまっているが、今のところ俺は辺境伯家においては他人に過ぎないし、“救国の軍師”というのは正確な役職ではないから俺がどの程度偉いのかも実はよく分からなかったりする。恐縮する義理はないが、偉そうにして傲慢に思われても困る。


「これは“救国の軍師”様!」

「いや、それほどでも」


 反応に困った俺はそんな毒にも薬にもならない答えを返す。が、思いつめた顔をしていたオリバーは急に目を輝かせる。


「取り乱してしまいお恥ずかしい。こちらこそ初めまして。是非軍師殿にも聞いていただきたい話がございまして」

「ちょっと、軍師殿はお疲れなんだけど」


 そこで俺はアルセが嫌そうな表情をしているのに気づいた。そこはかとなく嫌な気配を感じたが、俺にはどうすることも出来ない。


「まあいいじゃないか、話を聞くぐらい」


 アルセには悪いがここまで聞いて立ち去ると気になりすぎるので聞くことにする。こういう流れになったらどこか部屋にでも入って話すべきな気もするが、アルセは無言でその場に立っていた。オリバーもそれに気づいてはいるようだが、ちょっと逡巡した後話し出した。


「現在我らは川を越えて帝国領に攻め込んでいます。が、帝国側にはグラント要塞があり、簡単に攻め込める状況ではありません。それに、ルイス新王陛下は帝国との停戦を望んでいらっしゃるとのこと」


 オリバーはアルセに意見することに緊張しているのだろう、ややたどたどしいながらも自説を述べていく。が、アルセは冷たい表情で聞き流すだけだった。オリバーもそれは心にきているのか、心なしか俺に期待の目を向けつつ話し続ける。彼は自分が正しいと思っており、“救国の軍師”と呼ばれるような人物ならそれを分かってくれると思っているのだろう。

 俺は元々オリバーと同じことを言うために派遣されてきたのに先ほど立場を真逆に転換してしまったために罪の意識を感じつつ話を聞く。


「帝国との戦争が長期化し、王国との関係を悪くするのは得策ではありません。やはりここは停戦すべきではないでしょうか」


 俺はこの地でこんなことを言う人物がいることに驚愕したが、よく考えればアルセや辺境伯がおかしいだけで、いたって当然の意見である。というか先ほどまでの俺もそういう意見だったし、今でも出来るならそうして欲しいと思ってはいる。


 が、アルセは無言で剣に手をかけた。オリバーはここで斬られてもいいとすら思っているのか、そんなアルセに対して直立不動で答えを待っている。しかし俺の中にはアルセなら、斬り捨てはしないだろう、という期待があった。俺はごくりと唾を飲んでアルセの行動を見守る。


「やあっ」


 次の瞬間、ガシャンという音が廊下に響き渡った。


 何が起こったのかと思ったら、アルセの腰から抜き放たれた長剣が近くに飾られていた調度品の壺を叩き割ったのである。壺は粉々になって床に落ち、さらに散らばった。オリバーはそれでも身じろぎ一つせずに立っている。さすがに顔は青くなっていたが。


「そこで微動だにしなかった度胸に免じて許す。ただ、二度と同じことを言うことは許さない」


 アルセは低い声で言った。相変わらずオリバーはぴくりともしない。


「グラントの要塞など、この壺のように大剣一振りで叩き潰す。それが我が家の方針だ」


 そう言い放つアルセは無茶苦茶なことを言っているものの、それが至極自然に見えた。それを見た者は確かに彼女なら大剣一振りで叩き潰すかもしれない、と思わされるだろう。実際、俺も思わされたがオリバーはそうは思わないようだった。


「……」


 オリバーは一礼すると無言で去っていった。俺はアルセが別人のような態度を見せたことに驚いていたが、冷静に考えてみると初めて会った時からこういう人格だった気がする。


「アルセ様、さすが! 格好いい!」

「一生ついていきます! 一緒に帝国を滅ぼしましょう!」


 少し離れたところで見ていた兵士から歓声が上がる。そんな彼ら彼女らにアルセは笑顔で手を振る。


「ありがとう!」


 すると彼らは感激した表情になって去っていった。なるほど、やはりさっきのやつが特殊で、大多数のやつはこういう感じなのか。おそらく、オリバーのようなタイプは違和感を感じて脱落していったのだろう。


「いいのか?」


 俺はそれだけ尋ねた。


「うん。オリバーも勇敢で忠誠心も篤いんだけどちょっと因循なところがあるんだよね」


 困ったことだ、というようにアルセは言った。俺から見ればオリバーは普通の人だし、むしろアルセに意見出来るだけ勇敢な人物であるような気がするが、確かにアルセに比べると華やかさに欠ける。もったいないなと思いつつも俺もアルセの熱にあてられてしまっているようだった。


「でも一応大事にしてあげた方がいいと思う」

「そう思って斬らなかったんだけど」


 アルセは怪訝な顔をする。脅迫したようにしか見えなかったが、あれで大事にしていたのか。それにはさすがに驚いたものの、確かにアルセなりには戦士として遇したというだけで侮辱したところはないのかもしれない。


「ところで、もし俺があくまで停戦だけを要求し続けたら」

「私は王国からの使者は斬らないよ?」


 妙に「私は」にアクセントが置かれていた。それを聞いて俺は寒気がする。こんな奴らを帝国はよく七年間も配下に出来ていたものだ。俺は改めて王命を果たすことは困難だったと再確認したのだった。辺境伯もアルセも今の王国の家臣で収まっている器ではない。

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