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緋色の剣姫と救国の軍師  作者: 今川幸乃
第二章 独立不羈
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辺境伯

 その日、俺たちは辺境伯領へ入り、さらに翌日俺たちはエクタールに到着した。エクタールは奪還したばかりの都市のため、まだ戦闘の爪痕がところどころに残っていた。とはいえ人々は帝国が去って徴兵から解放されたことが嬉しいのか、辺境伯を歓迎しているように見えた。帝国の悪政について聞いた話は枚挙に暇がない。有名な話としては、「帝国の一般的な家庭は赤子しかいない。父は軍に、母は工場に、子は鉱山に送られるからである」というものがある。


 辺境伯の館は街の中央にあった。帝国はこの地を王都の次に重要な地と考えていたのか、かつて館だったところには小さい城が建てられている。二メートルほどの石造りの城壁に囲まれた兵舎と武器庫をかねた実用的な建物である。


「これは儲けものだな」

「そう? どうせここまで攻め込まれることはないからどっちでもいいけど」

「そ、そうか」


 勝利の直後だけあってアルセは自信に満ちていた。本人は自信とすら思っていないかもしれないが。


「でも、城に住むって思うとテンション上がっていいよね」

「そうだけどさ」


 アルセは子供みたいに目をキラキラさせている。俺も住処が城になったら確かにテンションは上がるが、城を手に入れた感想がそれしかないのはすごい。ちなみに帝国の役所などは利便性を考慮して城の外に建てられていた。


「開門、開門! アルセただいま帰還!」

 

 アルセが大声で呼ばわると門番たちはどこかほっとした表情で門を開ける。こんなやつでも心配されていたのかもしれない。すでに辺境伯軍の主力は帝国領に向かっているせいか、人気は少なかった。


 アルセは馬をその辺に止めると「任せた!」と言って中に入っていく。よく分からないが俺もそれに倣って馬を置いて追っていく。城内は一応掃除こそされていたものの、つい最近戦闘があったため、ところどころに傷や血痕が残っていた。そんな中、俺は応接室のような部屋に通される。テーブルとイスが置かれただけの簡素な部屋だったが、一応絨毯が敷かれてたり、壁紙が貼られたりしてきれいにされている。


「水でいい?」

「お前が持ってくるのか」


 アルセは近くの部屋から水の入ったコップを三つ持ってくる。特に不満はないが、まさか水が出るとは思わなかった。


「だって他人に聞かれたら困る話になるかもしれないし」

「待たせたな」


 そんな話をしていると、ドアが開いていかつい顔の男が入ってきた。歳のころは三十半ばだろうか。顔には古傷が無数にあり、白い髭には貫禄がある。鋭い眼差しは見るだけで他人を圧倒した。


「父上! ただいま帰りました」


 この人物が帝国を騒がせている辺境伯ガウゼル=グランフィールドか。そんなガウゼルも娘は可愛いのか、アルセを見ると相好を崩す。


「おお、よく帰ってきたな」


 その表情だけ見ればちょっと怪我の多い好々爺である。

 が、すぐに俺を見て表情を引き締める。


「おぬしは?」

「新王ルイス陛下の使者として参ったジークと申します」

「おお、おぬしが噂に聞く“救国の軍師”殿ですな。よくおいでくださった。こらアルセ、いくら何でも水は無礼だろう」

「いや、でも……」


 アルセが怪訝な顔をする。


「馬鹿者! せっかく軍師殿が来て下さったのに水でいい訳あるか! 今宵は歓迎の宴じゃ!」


 なぜか俺は辺境伯から歓迎されているようであった。こんなに歓迎されているのであれば話も聞いてくれるかもしれない。もし停戦を素直に受け入れるようならさっさと知らせなければエリヤは軍を起こしてしまう。歓迎の宴を開いてくれるのは嬉しいが、出来ればその前に言質をとってエリヤに知らせておきたかった。


「歓迎は嬉しいですが、その前に一つ確認しておきたいことがございます」

「何だ?」

「伯爵閣下は帝国と停戦していただけるということでしょうか?」

「ん?」


 辺境伯の表情が変わる。ここまでの歓迎の色がすっと消え、代わりに疑問の色が浮かぶ。晴れていた空にさっと雲がかかり、急に雨が降り出すような感じだ。何とはなしに嫌な予感がする。


「もしや軍師殿は我らの戦いに助力してくださる訳ではないのか?」


 ちょっと解釈がポジティブすぎやしないだろうか。


「……いえ、陛下の命令で即時停戦していただくようにと」

「アルセ、やはり水でいい」

「は、はい」


 お茶を持ってこようとしていたアルセは慌てて引き返していく。にわかに雲行きが怪しくなってきた。


「でも、私たちのことをとりなしてくれるんだよね?」


 アルセが当然のようにそう言ってくる。もしかして彼女もそう思っていたのか。もちろんとりなす気はあるが、彼らが停戦しない限りとりなしようがない。


「閣下の御意志次第です。閣下は陛下の命令を受けないとのことですが、それは王国に対する翻意ということでしょうか」


 俺はまっすぐに辺境伯を見つめる。


「翻意ではない。些細な行き違いだ」


 帝国領を奪ってしまえばさすがに返せとは言われまい。そのため行き違いで済ませてしまおうという魂胆らしかった。もっとも、それですまされないために俺が派遣されてきた訳だが。


「そこは何とか私の顔を立てていただけないでしょうか」


 俺としてはそう頼むより他にない。が、辺境伯の返事は厳しいものだった。


「残念だが、いかに軍師殿と言えど個人の顔を立てるとか立てないですむ問題ではないのだ。国と貴族の関係というのは双務的なものであるはずだ。国は我らの領地や安全を保障し、代わりに軍や金を出させる。だが、この七年間王国は滅びていた。それでも我らは王国のために兵を挙げた。だが王国からは何ももらっていない。自分で領地を切り取るぐらいはいいだろう」


 確かに辺境伯の言っていることは正しかった。俺はエリヤの傍にいたから王国側の立場にのみ立っていたが、辺境伯の立場から見れば王国など面倒なことを言ってくるだけの相手に映るのかもしれない。しかも今回の戦いで辺境伯の功績は大きいし、軍事力も大きい。これはいよいよややこしいことになった。仮に王国が兵を出して辺境伯をいったん従わせても、それはそれで後々の禍根となるだろう。俺もそれは望んでいない。


 だとすれば逆に王国を説得するか? しかし辺境伯に屈して外交方針を変えたなどということになれば王国の権威は失墜する。では王国と辺境伯にとって理想的な関係はどうあるべきか。王国が圧倒的な力の優位を得て辺境伯を押さえることか。


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