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レディ・エレオノーラ〜箱入り侯爵令嬢のまったく優雅ではない恋愛譚〜  作者: 林檎
レディ・エレオノーラとエメラルドの首飾り~眠れる獅子な侯爵令息が本気を出した場合~
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5.軟派な紳士

 

 楽しそうに皆とお喋りに興じるエレオノーラを遠目に確認して、クラウスは酒のグラスを煽った。

「何いやらしいこと考えてるんだよ、すけべ!」

 と、隣に立った顔馴染みに言われて、途端酒が不味くなる。

「好みの死に方を言え、今なら叶えてやらんこともない」

「こわっ!」

 そう言ったブルーノ・コラッツィアンは、キャルナル伯爵家の次男でクラウスとは仕事上の付き合いがあり、不本意ながら友人、と呼んで差し支えない関係だ。黒髪に鳶色の瞳の見た目だけなら好青年だが、エレオノーラには近づけたくないタイプの、仕事はともかくプライベートは軽薄な男である。

「何度も言うけどその殺伐とした考え、やめた方がいいよ?そんな子に育てた覚えはありませんっ!」

「お前に育てられた覚えはない」

 これみよがしに溜息をついて見せたが、ブルーノはまったく堪えた様子もなく先程クラウスが見ていた先、エレオノーラを見遣る。

「ああー相変わらず麗しいなぁ、エレオノーラ様!」

「見るな、減る」

「ひどい!さっきフィオレンティーナ様とも一緒にいたよね?久しぶりに姉妹揃ったお姿を見れて眼福だったなぁ~ああ……どちらか、あの白いおみ足で踏んでくれないかなぁ……」

「………………お前、間違ってもそれを本人に言うなよ」

 ドン引きしながらクラウスが言うと、ブルーノはエヘ!と笑う。

「あ、純粋なエレオノーラ様の新しい扉、開いちゃったらダメ的な?」

「違う。エリィの耳を汚すことを許すわけがなかろう、馬鹿が。フィオの方だ。あれは嬉々として高いヒールで踏んでくるぞ、急所を」

 クラウスがうんざりとした表情で言う。

 先程はノーウッド大公の手前、フィオレンティーナに対して敬語を使っていた彼だが、実際はエレオノーラよりも年の近い幼馴染だ。

 エレオノーラが生まれなければ、クラウスはフィオレンティーナと婚約させられていたかもしれない、と思い出してゾッとする。あのじゃじゃ馬は妹の比ではない。

 ノーウッド大公の器の大きさを、クラウスは珍しく無条件で尊敬している程だ。


「ええ……!フィオレンティーナ様ってそういう……!えっ、俺、どうしよう……!」

 だというのに、ブルーノは何故か夢見る乙女のような表情を浮かべてときめいている。解せない。

「だから、どうもするなと言ってるだろう。その耳は飾りか」

 もはや誰も信じてはくれないかもしれないが、ブルーノは仕事は出来る男なのだ。仕事は。

 クラウスは時間を確認して、主だった客とは話が済んだことを確認する。そろそろいい時間だし、エレオノーラを回収して部屋に下がってもいい頃合いだろう。

 グラスを給仕に渡して、ソファ席の方に歩きだした彼の後をブルーノが付いてくる。

「なんだ」

「え、エレオノーラ様に挨拶したいなって♪」

「喋るな、減る」

「だからひどいって!」


 壁際のソファ席に近づくと、クラウスとブルーノに気付いた周囲の令嬢達が色めきたつ。

「エリィ」

「クラウス。お話は終わったの?」

 マリアベルと一緒に話し込んでいたエレオノーラは、顔を上げ微笑む。

 一片の綻びもない美しい笑顔は逆に仮面のようで、クラウスは内心で引っ掛かった。が、表面に出すことはない。

「ああ。そちらはどうだ」

 彼が尋ねると、マリアベルが答えた。

「こちらもそろそろお開きにしようと思っていたの。本物のナイトがいらしたなら、わたくしはそろそろお役御免ね」

「一緒にいてくれてありがとう、マリー」

「いいのよ、わたくしも楽しかったわ。また茶会を開くから、是非いらしてね」

「嬉しい。必ず伺うわ」

 エレオノーラは頬をピンク色に染めてマリアベルと約束を交わし、他の令嬢達にも丁寧に暇を告げてふわりと立ち上がった。

 当然のように差し出されたクラウスの手に、自分のそれを重ねる。

「では、皆さま、お先に失礼いたします」

「おやすみなさいませ、エレオノーラ様」

 口々に令嬢達にそう返されて、エレオノーラは美しく微笑んだ。


 ホールの出口まで二人が連れ立って来ると、そこで待っていたブルーノが姿勢を正す。あら、とエレオノーラは思ったが、エスコートするクラウスが立ち止まらないものだから、そのまま廊下に出てしまう。

「ちょっとちょっと!」

「……クラウス、あの」

 ブルーノが二人の前に回り込んだので、さすがに止まる。エレオノーラは驚いてクラウスの腕にくっついた。

「挨拶だけしてさっさと下がれ」

「いや、ほんとお前いい性格してるな……結構好きだけど」

 クラウスとブルーノのやり取りを見て、エレオノーラは微笑む。


「こんばんは、コラッツィアン様。いい夜ですね」

 エレオノーラが礼をすると、ブルーノは感激に打ち震える。

「こんばんは!ああ、おれのこと覚えててくれたんですね……!エレオノーラ様、今夜もなんてお美しい……!結婚してください!!」

「よし、胴体に別れを告げておけ、ブルーノ・コラッツィアン」

 勢いのままにブルーノが叫ぶと、クラウスが無表情で言い放つのは同時だった。

「ふふ、コラッツィアン様は面白い方ねクラウス」

「愉快か?これが?」

 クラウスは胡乱な眼差しでエレオノーラを見遣る。彼女は笑いながらクラウスの腕を宥めるように撫でた。

「コラッツィアン様とクラウスは仲良しなのね。あなたがこんな風にお口が悪くなるのは、親しい人の前だけだもの」

「馬鹿を相手に口上を繕う必要がないだけだ」

 クラウスはうんざりとして言ったが、話をきいてくれないエレオノーラはにこにこと笑っている。脳内がお花畑なので、ブルーノのおかしさが見えないらしい。

「え、クラウス、俺のこと好きなの?」

「頭だけではなく、耳もおかしくなったのかお前は……」

 盛大に溜息をついて、クラウスはブルーノに面倒くさくて時間がかかる仕事を回そう、と決めた。




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