4.令嬢達の会話
「頼む。ではエリィ、ムルトル男爵令嬢の言うことをよく聞いて、イイコで待っているように」
そっとエレオノーラの頭を撫でてクラウスが言うと、一瞬寂しそうな顔をした彼女だったがすぐに唇を尖らせる。
「イイコって、私は子供じゃないのよ」
「子供じゃないから心配している」
するりと彼女の頬をひと撫ですると、クラウスはそのまま人の輪に混ざっていった。
当然、この一連の流れもそれとなく周囲に注目されていて、令嬢達からは黄色い歓声と甘い溜息が漏れる。何やら打ちひしがれている様子の男性も多く、それらを眺めやってマリアベルは愉快で笑ってしまった。
「……成果は求めていないけれど、露払いはしておくってのね……怖い男だわ~エリィ、シルバ子爵が本気になったらあんたみたいなぼんやりは秒で落とされるわよ」
「秒!」
何を言われているのかは理解出来なかったが、警告されていることだけはわかる。
でも、
「マリー。クラウスは怖いことをしたりしないわ、絶対に」
エレオノーラは、とても美しく笑った。信頼や敬愛の混じる、何一つ疑いのない真実を告げる確信めいた響き。
「とても優しい人だもの」
「……信頼が厚い……ここまで厚いと突き破るのもなかなか骨が折れるわね。まぁ自業自得なんでしょうけれど」
それとも望むところなのかしら?とマリアベルはほくそ笑む。
「マリー?」
「……わたくし、先日まで東の国に行ってたの。そこで仕入れた流行をこの国でも流行らせたいんだけど、意見をくれない?」
エレオノーラはしばらく真っ直ぐにマリアベルの瞳を見つめていたが、クラウスの話はここまでらしい。信頼する友人が話さない、と決めたのならば説明を請うのは時間の無駄だろう。
彼女は気持ちを切り替えて、にこりと微笑んだ。
「どんな流行なのかしら。私で役にたてるといいんだけど」
「あら、あなたのセンスと貴族的見地は有用よ。もっと自信を持って頂戴」
マリアベルも強気に微笑み、二人はソファ席の一角を陣取る。
すると顔馴染みの令嬢達が数名集まってきて、あとはもう年頃の女性が集まるとお決まりの状況。ドレスや宝石、最近人気の菓子店、恋の話。話題は尽きない。
エレオノーラはあまり夜会に出ない為、姉のように社交界で名を馳せているわけではない。
王室に覚えがめでたく、家柄と両親の地位が高い為有名である自覚はあるが、それだけだ。彼女は自分自身は何も持っていないことを理解していた。
その為、こんな風に大勢の令嬢と話をする機会は稀なので少し緊張する。
「美しい正絹ね、手触りもなんて滑らかなの」
「この生地でドレスを作りたいわ」
マリアベルの持ち込んだ生地に、令嬢達は沸き立つ。どんなデザインのドレスに適しているかをあれこれ話すのを、マリアベルは市場調査を兼ねて見聞きする。
「エリィはどう思う?」
のんびりと皆の話を聞いていたエレオノーラは、突然話を振られて顔を上げた。
「え?そうね……とてもとろりとした生地で艶めかしく、少し重いから……ドレープをたくさんとって、歩くと少し遅れてドレスの裾がついてくるようにすれば、とてもシルエットが美しく人目を惹くんじゃないかしら……」
「なるほど」
「それって素敵ですね!」
マリアベルに続いて令嬢の一人にはしゃいだ声で言われて、エレオノーラはほっとして微笑む。
「エレオノーラ様、お話してもいいですか?」
「え?ええ、勿論」
令嬢達はエレオノーラにも興味津々だ。いつもは年上の上級貴族の婦人達が同行するような茶会ぐらいでしか会えない彼女は、エレオノーラ自身に自覚はないが年頃の令嬢にとって憧れの対象でもある。多くの令嬢達は好意的な対応をしてくれるが、中にはそうでもない者も、いた。
「先程バノーラ侯爵子息とご一緒でしたね」
「ええ……シルバ子爵は幼馴染で、とても親切にしてくださいます」
エレオノーラが頷くと、令嬢達は色めきたつ。
「本当に素敵ですよね、シルバ子爵。領主代行としてとても優秀ですし」
「すごくカッコいいですしね!」
「……ええ。とても優しくて、素敵な人です」
きゃいきゃいと華やかな声に、エレオノーラも気分が上向いていく。クラウスを褒められるのは、とても嬉しいのだ。
ところが、向かいのソファに座る一人の令嬢がハッキリとした声を出す。
「でも、エレオノーラ様はシルバ子爵と婚約なさっているわけではないのでしょう?」
「え?ええ……」
「なのにまるで婚約者であるかのように接し、彼を独占するなんてシルバ子爵にアピールしたい令嬢達の邪魔になっていると思いません?」
「ちょっと」
マリアベルが口を挟むが、エレオノーラは目を瞬く。
「私がクラウスに甘えていた所為で、ご迷惑をおかけしてしまったんですね」
「……婚約するおつもりがないのならば、過度な行動は慎むべきですわ」
これは血の雨が降るのでは?とマリアベルは戦慄する。
エレオノーラがクラウスに甘えているのは事実だが、クラウスが甘やかした結果だ。本人に自覚がないようにそうなるよう誘導し、辛抱強く育てたのにわざわざ気づきを与えるような真似は彼の意思に反する。
彼女は令嬢達の嫌味には慣れていない。悲しい表情にでもなっていたらナイトを拝命した名折れだ、とマリアベルは心配して彼女を見た。が。
「……ご忠告、痛み入ります。気をつけますわ」
エレオノーラは、優雅に微笑んで話を締めくくった。