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レディ・エレオノーラ〜箱入り侯爵令嬢のまったく優雅ではない恋愛譚〜  作者: 林檎
レディ・エレオノーラと琥珀の令嬢~恋とはどんなものかしら?~
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24.宝石の憂慮2

 

 楽団の奏でる音楽が流れる中、クラウスとベアトリーチェは祭壇で待つ司祭の元へと歩いていく。

 ベアトリーチェのドレスは薄い黄金に輝き、光沢のある若草色のレースの縁取りがなされていた。ヴェールとブーケの花は白。宝飾は全て琥珀だった。

 クラウスはシンプルだが高級な仕立てのスーツで、飾りはカフスだけ。だというのに、この小さな教会の中で誰よりも目立った。怜悧な美貌は笑みがなければ作り物のように美しく、空気さえひんやりとしているかのようだ。


 参列者はコークストー男爵家からは、ユリアナとアンジェ、それから数名の親戚。バノーラ侯爵家から侯爵夫妻と同僚のブルーノが出席しているだけだ。

 実際披露宴として開催する夜会の方に客を招待することになるだろうから、儀式としての結婚式の方には客が少なくても構わないだが、それでもあまりにも寂しい有様だった。





 教会のすぐ傍の路地に、紋章を隠してはいるものの立派で小振りな馬車が停まっている。

 勿論ウェルシュ侯爵家のもので、中にはエレオノーラとオルガがいた。馭者のルークは気のいい男で、お嬢様の突飛なお願いにも快く従ってくれている。

「お嬢様がここまでする必要はないと思いますが……」

 オルガが顔を顰める。

「でもオルガが調べてくれたんでしょう?ベアトリーチェ様の商会で横領が起こっているって!……何か起こってしまわないか、どうしても心配で……無事に結婚式が終わるまではこっそり見ていたいの……」

 式に参列することをクラウスから断られた時は、残念だったと同時にほんの少しだけホッとした。そんな自分の気持ちをどう整理すればいいか分からず、居ても立っても居られない気持ちを行動力に変え、とりあえずエレオノーラはオルガとルークに我儘を言ってここまで連れてきてもらったのだ。


 この感情に名前をつけてはいけない、と彼女は本能的に感じていた。だって、クラウスは今日結婚するのだ。

 ならばこの感情に目を背け続ければ、いつかきっと、ゆっくり消えていってくれる。

 クラウスとベアトリーチェの並ぶ姿を見ても、苦しくて寂しくて、心を内側から掻きむしられるようなあの時の痛みを、忘れることが、出来る筈だ。

 二人を笑って祝福する為に。


 エレオノーラの心の内を、オルガは知らない。

 けれど、天真爛漫な主が心の内に凝った澱のようなものを抱えていることだけは察せられて、いつもならば言わないような我儘を言った彼女に従って、オルガはここまで同行していた。ルークはとばっちりである。

「……横領の件……クラウスは知っているのかしら?きっとベアトリーチェ様が悩んでらしたのはこのことよね!……でも、どうしてわかったの?そんなこと調べられるもの?」

 窓に張り付いていたエレオノーラは、振り返って小声で叫んだが、途中で別のことが気になったらしく侍女に詰め寄る。

「ベファタン商会は事務所は設けていないから、社員の方に聞けるものでもない……わよね?」

「お嬢様。蛇の道は蛇、と申しまして、私は特殊な技能の訓練を積んでおります」

 キリッと澄ましてオルガが言うと、エレオノーラは感激した様子で指を組んだ。紺碧の瞳はきらきらと輝いている。

「とくしゅなぎのう……!それがあれば私も調べたり出来るようになるかしら?」

「お嬢様には私がおりますので、必要ないかと」

「そっか。確かに。では、私はオルガの出来ないことをするわね!……オルガに出来ないことなんて、ある?」

 完璧に仕事をこなす侍女を見て、エレオノーラは不安そうに尋ねた。

 お嬢様と侍女が暢気な会話を中で繰り広げている間に、教会には不振な男達が近づいていくのが見えてルークは首を傾げる。

「お嬢様、明らかに教会に近づく……あの男達は誰でしょうね」

 こつこつと天井を上から叩いてルークは中に尋ねる。

 彼は怪我が理由で早期退役した軍人で、オルガ同様心配性宰相閣下が末娘につけた護衛の一人なのだ。灰色の髪に鳶色の瞳で、背はあまり高くないががっしりとした体躯の穏やかな容貌の男だ。


「横領犯?」

「……複数名でですか?」

 エレオノーラが再び窓に張り付くと、オルガが首を傾げる。正直、ベファタン商会の金を横領するのに、複数名で行っていては取り分は雀の涙ほどだろう。

「え……でも、クラウスとベアトリーチェ様は大丈夫かしら…・・何か危険とか……」

 バノーラ侯爵夫妻には有事に備えて護衛がついているだろうけれど、今日の主役たちにはどうだろうか。

 まさか襲撃があるとは思っていないだろうし、備えは万全ではないかもしれない。

「ど、どうしよう……!オルガ、ルーク、ふ、二人を助けに……」

「いけません。私達の任務はお嬢様を守ることです」

 オルガに言われて、エレオノーラは口元を覆う。

 もし。

 もしも、オルガとルークがエレオノーラのことを五体満足に守ってくれても、クラウスとベアトリーチェに何かあれば、彼女の心は無事ではいられない。

 どうすれば二人、ひいては参列者を守ることが出来るだろうか、とそちらに思考を走らせ始めたエレオノーラに、件の不振な男達が襲撃者ではない、という発想は存在しない。

「わ」

「わ?」

「わ、私が教会に行けば、オルガもルークも着いて行かざるをえないわよね……!?」

「ぶふぁっ!!!」

 斜め上もいいところの発想に、耐えきれずルークは爆笑した。オルガはそんな同僚を冷たい目で見遣る。

「……オルガ……ルークが壊れちゃったわ……」

「ええ。惜しくもない人材を亡くしました……」

 すっ、とオルガはエレオノーラの両肩に触れて、自分の方に向ける。オロオロとした様子の紺碧の瞳が腹心の侍女を縋るように見つめた。

「お嬢様。心配には及びません、あれは国税局です」

「こくぜいきょく……」

「恐らく、中にいる横領犯を捕まえる為に来たのかと」

「中に犯人がいるの……?参列者の中に?」

 エレオノーラは呆然と呟く。ベアトリーチェに、参列者は身内だけだと聞いている。

 当然ベファタン商会の横領犯がバノーラ侯爵家の者である筈もなく、だとしたら、犯人はベアトリーチェの身内だということだ。

 事務所を持たないベファタン商会の金銭を横領していたのだから内部犯ではあることは予想がついていたが、それが結婚式に参列する程に近しい人だとは、エレオノーラは思ってはいなかったのだ。

「ベアトリーチェ様が心配だわ……」

 エレオノーラは慄いて小さく口にする。主の不安な様子に、オルガは僅かに身を乗り出した。

「中に侵入しますか?」

「…………いいえ」

 迷うように視線を彷徨わせていたが、エレオノーラは一度瞬きをしてから決然と口を開く。

「……彼らが、中にいる人達に暴力的な危害を加える存在ではないのならば、この件に私達は出番はないわ。これは、ベアトリーチェ様の件ですもの」

 紺碧の瞳は凛々しく輝き、少し青ざめた顔をしつつもエレオノーラはしっかりとしている。

 主の立派な様子に感じ入るオルガだったが、馬車の外では、


「……じゃあもう帰りましょうよ……」

 ルークが小さく呟いて苦笑していた。




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