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レディ・エレオノーラ〜箱入り侯爵令嬢のまったく優雅ではない恋愛譚〜  作者: 林檎
レディ・エレオノーラと琥珀の令嬢~恋とはどんなものかしら?~
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23.婚礼の準備

 

 そして迎えた結婚式当日。

 小さな教会の控室で、クラウスはマルクに手伝わせて着替えをしていた。

 侯爵家の嫡男の結婚式にしては随分と小規模なものだが、急に決まった結婚であり社交シーズン真っ最中の現在では碌な会場が抑えられなかった、というのが建前だ。

 本音は、クラウスもべアトリーチェの方も大々的に式を行いたくなかったので、参列者も最小限の身内だけだ。

 エレオノーラにも行きたい、と言われたが、社交シーズンが終わる頃に行う披露宴に招待することでなんとか黙らせた。


 あんな祝福の言葉を彼女の口からきくのはもう二度と御免だ。この上で式にまで参列されては、まともでいられる自信がなかった。


「カフスはどうなさいますか?」

 マルクがいくつか持参したカフスをテーブルに並べる。気をきかせたのだろう、琥珀の象嵌された銀の台座のカフスもあった。

 珍しく長い指先が迷い、琥珀の表面をコツコツとノックする。

「……こちらも、お持ちしました」

 マルクが恐る恐る取り出したのは、美しいカットのサファイアが象嵌されたカフスで、台座は白金。宝玉は小さいながらも等級の高いものが使われているが、普段使いでもおかしくはないシンプルなデザインなのでよくクラウスが好んで使っていたものだった。

 この石の、紺碧の美しさをクラウスは殊の外気に入っていた。

「……これは普段使いにしているものだ。婚約者殿の瞳の色に合わせるのが妥当だろう」

 クラウスは自分でも言い訳じみているな、と思ったが、マルクが後はもう何も言わなかったので、そのまま琥珀のカフスを留める。


 結婚の話をした時、両親は相手がエレオノーラではないことにひどく驚いてはいたが、クラウス自身が決めたことに反対はしなかった。彼がきちんと考えた上で出した結論ならば、賛成する、とまで言ってくれた程だ。


 そう、よく考えたとも。


 そしてもっと、大したことではないと思っていた。

 伴侶を得る。エレオノーラではない女を。

 そしていつか必ず、エレオノーラも誰か知らない男と結婚するのだ。クラウスが結婚した以上、彼女を得る権利を失うこととなる。

 永遠に。



 階下に降りると、扉の前でベアトリーチェが一人で待っていたのでクラウスは僅かに顔を顰めた。

「付き添いはいないのか」

「ええ。義母とも義妹とも歩くのは御免被ります」

「随分嫌ったものだな。何かあったか」

「……ええ。でもそれも今日で終わりです」

 決然としたベアトリーチェの声に、クラウスは片眉を上げる。様子がおかしい。今までの彼女は、クラウスを脅して結婚することへのほの暗い罪悪感を常に身に纏わせていた。

 だというのに、今は何かすっきりした、というよりは破れかぶれのような危うさがある。

「おい……」

「わたくしは女男爵になりました。目的の半分は達成しましたわ」

「……そうだな」

 今日は、ベアトリーチェの18歳の誕生日、の翌日。

 そして昨日、18歳になった彼女は然るべき手続きを取って正式にコークストー男爵位を継いだ。ベアトリーチェ=フォン・ドアーズは現在、れっきとしたコークストー男爵なのだ。

 何か横やりが入るかと警戒したが、ユリアナやアンジェ、他の親戚達からの妨害もなく、むしろバノーラ侯爵家へ嫁ぐにはそれぐらいの地位がなくては、と後押しされたほどだ。

 ベアトリーチェの目的は、一つは男爵位を自分が継ぐこと、もう一つは、父と自分の商会をこれからも恙無く経営出来るようにすること。そのどちらもが、二カ月前にはあれほど脅かされていたかというのに、今は状況が一変した。

「感謝しています、クラウス様」


「……人に役目を演じさせるのならば、全ての情報を開示しろ。何があった?何をしようとしている」

 クラウスは状況を把握出来ないことに苛立つ。

 ベアトリーチェは馬鹿ではないが、視野が狭い。何をしようとしているのかは知らないが、クラウスに状況を説明すればもっとマシな案があるに違いない、と確信があった。

「いいえ。せめて、幕引きは自分でさせてください。今更もう遅いとは思いますが」

「馬鹿者が……使えるものは何でも使え。ここに私がいる以上、私を使うべきだ、コークストー男爵」

「……エレオノーラ様にも、あなたに頼れば良い方向に導いてくれると助言されました」

 彼女の名が唐突に出てきて、クラウスの顔色が明らかに変わる。


「お前、あれに……」

 低い声で絞り出すように言われて、ベアトリーチェは不思議と凪いだ気持ちで首を横に振った。

 彼がこんなにも心を乱すのは、いつも徹底してエレオノーラの為だけだった。最初から、ずっと。

「約束はお守りしています。ただ……わたくしの弱音に、あの方は慰めをくださっただけ」

「では、何を」

「……自分で始めたことは、自分で終わらせます。わたくしはもう、無力なただの令嬢ではないのだから」

 彼女は微笑んで、扉に合図を送った。すると音楽隊が曲を奏で、新しい夫婦を迎える為に扉が開く。

 クラウスは溜息をついて、腕をベアトリーチェに差し出した。

「……ここでのエスコートは、私の役目だ」

「最後まで、お手数をお掛けして申し訳ありません」


 花嫁衣裳を纏ったベアトリーチェは、泣きそうな顔で微笑んだ。




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