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レディ・エレオノーラ〜箱入り侯爵令嬢のまったく優雅ではない恋愛譚〜  作者: 林檎
レディ・エレオノーラと琥珀の令嬢~恋とはどんなものかしら?~
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21.君ありて

 

 うららかな陽の光の入る、美しい応接室の中。

 銀嶺のような柔らかい声が、ベアトリーチェの耳に優しく届く。

「全ての人にとって良い、という状態は特定の人にとっての有利ではない、ということなので、結局何もしていない状態に最も近いのではないかと思います。ですから、ベアトリーチェ様の商会は不特定多数の誰かの為、ではなく寡婦の為、と的を絞っているところが素晴らしい着眼点だと私は感じたのです」


「……でも、それでは多くの平民の為にはなっていない、ということですよね」

「ええ。的を絞るということは、その外にいる人には利益がありません」

 エレオノーラは彼女にしては珍しく断定的な言い方をした。

「……その日のパンの為に、直接的な施しを求める人もいるとは思います。ですが、そういった福祉は既に行っている貴族の方がいらっしゃいますわ。何もかもを担える程、私達一人一人は偉大ではありません。自分の出来ることを精一杯やること、皆がそうであれば福祉の輪が広がり、結果より多くの人を救うことが出来るのではないか、と今は、私はそう思っています」

 にこ、とエレオノーラは微笑んだ。

「過ぎる自己犠牲は身を滅ぼします。ベアトリーチェ様の商会が立ち行かなくなれば、将来救える多くの人々よりも前に、今、目の前の寡婦が路頭に迷います。継続的に続けられる範囲で行うことは、決して間違いではないと思いますわ」


 間違っていない、とあなたがわたくしの背中を押してくれるの?

 家族も、夫となる人もくれなかった言葉を、あなたが、くれるの?


「私も微力ながら、そのお手伝いをさせていただけるのが、嬉しいです。ベアトリーチェ様」

 ベアトリーチェの琥珀色の瞳に水の膜が張る。それを見てエレオノーラは悲し気に眉を寄せたが、すぐにハンカチを手にベアトリーチェの隣に座った。

「どうぞ」

「……ありがとうございます……申し訳ありません、お伺いした先でこんな……」

「いいえ。きっと式の準備などでお疲れなのですわ、マリッジブルー……というものかもしれませんし!」

 エレオノーラが殊更明るく言うと、ベアトリーチェは首を振った。

「いいえ!いいえ……そんなんじゃないんです……その、わたくし、罪を……とても悪いことをしているのです……」

 突然のベアトリーチェの告白に、エレオノーラは目を丸くする。深く事情を聞いていいものなのか迷い、それでもベアトリーチェの投げ出された手を励ますように握った。

「……それは、もう取り返しのつかないことなのですか?」

「わ、わかりません……」

 唇が震え、ベアトリーチェは何もかもエレオノーラに話してしまいたくなる。クラウスの気持ち、ベアトリーチェの思惑、ユリアナの企み。それらは、このお綺麗で揺らぎなく、屈託もない幸福な少女に何を齎すのだろうか。


「では、クラウス……シルバ子爵にご相談なさるとよろしいかと。彼ならきっと、一緒に最良の案を考えてくれますわ」

 その信頼は何なのだろう。

 クラウスとエレオノーラは、今となってはただの幼馴染の筈だ。ベアトリーチェは、婚約者。それももうすぐ結婚して、彼の妻になる。

 けれど、ベアトリーチェはクラウスが自分を助けてくれるとはとても思えない。

「……っ、彼は、わたくしの婚約者です」

「ええ。勿論です。ですから、きっとベアトリーチェ様に良いように取り計らってくれますわ」


「あなたはそれで平気なんですか?彼が、わたくしを救い……わたくしと幸せになっても?」


 自分でも何かお門違いなことを言っている自覚はあった。何も知らないエレオノーラからすればそれこそ、ベアトリーチェはマリッジブルーでさぞかし情緒不安定になっているように映るのだろう。

 けれど


「嬉しいです」

 エレオノーラは微笑む。嘘偽りなく、屈託なく。

「大好きな幼馴染が、奥様とお幸せになられるなら、私、とても嬉しいです」

 綺麗で、揺らぎなく。

「だって、クラウスが幸せだと、私まで幸せな気持ちになりますもの」


「エレオノーラ様は、お強いのね」

「いいえ……自分が何も出来ない、弱くてちっぽけな子供の自覚があるので、分を弁えてるだけです。もっとベアトリーチェ様のように自分の展望を形に出来る女性になりたいです……」

 へにゃりとエレオノーラは眉を下げて苦笑する。


 そうだ、とベアトリーチェは思った。

 自分には力と立場があり、ユリアナの話を聞いて寡婦達にもっとしてあげられることがあるのではないか、と思った時のあの胸の高まり。

 それを形にして商会として立ち上げた時に、父がベアトリーチェを褒めてくれたあの時の誇らしさ。


「……ありがとうございます、エレオノーラ様」

 ベアトリーチェがそう言うと、エレオノーラは首を傾げた。話の全貌を知らない彼女からすれば、何のことなのかちっとも分からなかっただろう。

「何かのお役にたてたなら、よかったです」

 それでも、エレオノーラは微笑む。


 そして、ふと、ベアトリーチェは目元を押さえるのに使っていたハンカチえを開き、その刺繍を見て微妙な顔をした。

「……独特な意匠ですね」

「………………人には、向き不向きというものがありますわ、ベアトリーチェ様」

 エレオノーラは、綺麗に出来た作品は全て教会や孤児院に寄付してしまうので、普段使いに自分で持っている刺繍は大抵何がしかの失敗作なのだ。

 精緻な鳥の刺繍になる筈であったのだろう、どうにも修正出来ない歪みのある不気味な鳥に指先で触れながら、ベアトリーチェは小さく呟いた。


「……完璧だから、好きなわけじゃないのね」




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