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レディ・エレオノーラ〜箱入り侯爵令嬢のまったく優雅ではない恋愛譚〜  作者: 林檎
レディ・エレオノーラと琥珀の令嬢~恋とはどんなものかしら?~
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18.因果

 

「お義母様……」

 扉を開けると、ティーセットの乗った盆を持ったユリアナが微笑んで立っている。


「お茶でもいかが?あなたったら帰ってきてからお部屋に籠りきりなんだもの」

「……ええと、その」

「あら、収支報告書を見ていたの?」

 ベアトリーチェが口ごもっている間に、ズカズカと部屋に入ったユリアナはデスクに盆を置きそこに広げてあった書類を見て鬱蒼と微笑んだ。


「なぁんだ、ようやくこれに気付いたの?」


 それから青ざめた義娘を見遣って、更にニタリと嗤う。義母の表情にぞっとして、ベアトリーチェは声を荒げた。

「お、お義母様!これはどういうことなのです?この報告書では、会社のお金が途中で消えているかのようです……これでは、まるで横領です!」

「まるで?貧乏でもお貴族様は奥ゆかしい言い方をするのね。これはれっきとした横領よ。まさかこんなにも長い間気づかれないなんてさすがに思っていなかったけれど」

 ユリアナの自らの罪を認める発言に、ベアトリーチェは愕然とした。俄かには信じられない。

 彼女は確かに義母にこの一年苦しめられてきたが、父が存命の頃は関係は良好だった。これは何かの間違いであり、まさか横領犯が本当に自覚があってそれを悪びれないとは思ってもみなかったのだ。

「……では、本当にお義母様が横領を……?」

「ええ。最初は足らなくなった家計の分をちょっと、のつもりだったけれどあなたったらちっとも気づかないんだもの。気づかないということは、なくても構わない、ということでしょう?」

 ユリアナは奇妙な程に朗らかに言う。今罪を認めた罪人の表情とは思えない程だ。


「……なんてことを。これはれっきとした犯罪です。いくら家族でも、司法局に訴えれば刑罰は免れませんよ!」

 気付かなかったベアトリーチェも勿論相当間抜けには違いないが、言うなればここに罪の証拠は揃っているようなものだ。言い逃れは出来はしまい。

「あら、あなたがそうは言ってもきっとバノーラ侯爵子息が助けてくれるわ」

 ユリアナは微笑む。

「……クラウス様が?」

「ええ。だって、あなたとクラウス様はもう来週には結婚するのよ?醜聞というのは、どれほど小さくても周囲にそのシミを広げずにはいられないもの。天下のバノーラ侯爵家が、こんなチンケな醜聞が世に出ることを望む筈はないものね?きっと、いとしい婚約者の為にもみ消してくれるわ」

 にんまりと微笑むユリアナの笑顔を、ベアトリーチェはかつては美しい義母として慕っていたのに。だからこそ信頼して、経理事務を任せていたのに。

「……なんてことを……わたくしは、わたくしとクラウス様は……!」

 思わずクラウスとの”約束”を破りそうになって、慌ててベアトリーチェは口元を手で覆う。


「本当は愛し合ってはいない、そうよね?」

 けれど、ユリアナに正解を言われて、ベアトリーチェは息を飲んだ。

「アンジェの話を聞いてピンときたわ。おかしいと思っていたの、突然あなたに求婚者が現れるなんて。しかも、あのバノーラ侯爵の息子!今年の社交界の一番人気じゃない。体ぐらいしか取り柄のないあなたが、令嬢も娼婦もより取り見取りのバノーラ侯爵子息が見初める筈ないって」

 くすくすとユリアナは笑い、デスクにあった書類を指先でなぞる。

「しかも、あの方の幼馴染はあのウェルシュ侯爵令嬢よ?わたくしでも遠目に見てびっくりしたぐらい完璧に美しい令嬢。そんな女が傍にいて、あなたなんかを選ぶ筈がないわ」

 世間の噂ほども親しくはないのかと思えば、今日まさにエレオノーラはクラウスの屋敷を訪問したという。噂通り、彼らが仲の良い幼馴染であるのならば、何故クラウスは突然ベアトリーチェと婚約したのか?


「ベアトリーチェ。あなた、何かクラウス様の弱みを握ったのでしょう?」


 ユリアナの言葉に、ベアトリーチェは足元が揺らぐ。それを見て、義母はますます確信を深めて笑んだ。

「ああ、大丈夫よ。その弱みが何は聞かないから。さすがにバノーラ侯爵子息もあなたが黙っているからこそ、その弱みにより従っているだけでわたくしに話したとあればすぐに牙を剥いてくるでしょう」

 ユリアナは、勿論クラウスの本質を分かっていた。

 彼は群れずとも個として強い、生まれながらにしての強者。そして貴族には珍しい、徹底的な合理主義だ。

 今は盾にとられた"弱み"の所為でベアトリーチェとの約束を守っているが、一度約束を違えるようなことがあれば弱みがあろうとなかろうと、コークストー男爵家諸共ベアトリーチェのことを潰すことを厭わないだろう。

 それだけの実力があり、それを躊躇わない精神力がある。


「だから、あえて聞かないでおくわ。手札を持つのはあなたで一人で十分」

「……何を言ってるの?そんなこと関係ないわ、わたくしはクラウス様との婚約を破棄して、その上であなたを訴えるわ……!」

 ベアトリーチェは真っ青な顔で叫ぶ。

 ユリアナが、まるでクラウスを盾にしていることが理解出来ない。手札はベアトリーチェが握っていて、それを捲る順番だって、彼女が選ぶことが出来るというのに。

「いいえ。あなたはそうは出来ない。だって、そうすれば困るのは誰?あなた?わたくし?アンジェ?違うわよね、一番困るのは、あなたの事業を頼りにしている、寡婦達」

 その言葉に、ベアトリーチェは鞭でも打たれたかのように震えた。そんな彼女を見てユリアナは余裕たっぷりに頷く。

「そ、れは……」



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