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レディ・エレオノーラ〜箱入り侯爵令嬢のまったく優雅ではない恋愛譚〜  作者: 林檎
レディ・エレオノーラとエメラルドの首飾り~眠れる獅子な侯爵令息が本気を出した場合~
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3.レディ・ナイト

 


 夜も更けてきて、ノーウッド大公夫妻は主催者のノストン公爵に挨拶をして今夜宿泊する部屋へと下がる。

 郊外のこの屋敷は、この毎年恒例の夜会の為に公爵が建てた広大な面積を誇る別邸だ。今回出席していた王族は、挨拶だけをしてまもなく会を離れ帰城していったが、招待客である貴族達のほとんどは今夜はこの屋敷に宿泊する。大公夫妻も、エレオノーラとクラウスもだ。


 大公夫妻が会を辞すと、貴賓がいなくなった所為か緊張した雰囲気がいくらか和らぐ。その頃には年嵩の貴族達もそれぞれ部屋に戻っていき、年若い、エレオノーラ達と同世代の者が多く残っていた。

 そうなると、夜会は砕けたものへと変わっていく。

 クラウスは年上の貴族達との社交もそつなくこなすが、これからの領地経営をしていくには同世代の貴族達の横の繋がりをより重視している。その為こういう場では大勢と話し、意見を交換するようにしていた。

 しばらく彼にくっついて話を聞いていたエレオノーラだったが、若い青年貴族達はどうにも意識が彼女にいってしまい本来の目的の話が進まない。

「クラウス、私、お邪魔かもしれないから少し端っこで休んでおくね」

 その場がひと段落した頃に、エレオノーラは背伸びをしてこっそりとクラウスの耳元に囁く。すると彼は盛大に顔を顰めた。


「顔こわ」

「お前が、端で、大人しくしていられる筈がないだろう」

「ひどくない?私だってじっとしてるぐらい出来ますー!」

 目立たないようにエレオノーラを誘導して壁際に連れて来たクラウスだが、彼女は勿論、クラウスとて優秀な侯爵子息として注目を集める身だ。視線が絶えず着いてきていることを知覚しつつ、エレオノーラの腰を引き寄せた。

 ざわっ、と空気が色めくが、牽制なので構わない。

「クラウス?」

「誰かにダンスに誘われたら、どうするつもりだ?」

「えっと……疲れたので休んでいます、て断る」

「出来るか?」

「出来る!と、思う」

 少し青ざめつつ拳を握った彼女を見て、クラウスは溜息をつく。


 エレオノーラはダンスは好きだが、知らない男性が苦手だ。箱入り娘で過保護に育った上に、身分が高いのでそうそう見知らぬ男から話しかけられられることも滅多にないのだ。

 夜会ではその前提は覆され、身分差があろうともダンスの誘い自体は不敬にならない。エレオノーラが上手く断ることが出来るのならば、目の届く範囲で一人にしても問題はない筈なのだが、問題はエレオノーラがエレオノーラである、という他ない。

 ダンスの誘いを上手く断ることに四苦八苦し、その内ダンスの誘い自身を避けようと人気のないところに行こうとするだろうし、そうなれば野犬の群れに羊が自ら飛び込むようなもの。酔漢による愚行を誘引しかねない。

 人を襲うという発想のないエレオノーラは、ここまで大勢の人がいる場所で自分が襲われるとは発想しえないのだ。クラウスは、危険を遠ざけここまで彼女を過保護に育てた責任を取る所存ではある。

「……その顔は私のことを疑っているのね」

「信じているからこそ、最悪を確信している」

「???失礼な方向に信じられていることは分かった」

「何を言う。危機回避とは常に最悪を想定することだ」

 フン、と一笑に付すと、クラウスは紅茶色の瞳で会場をぐるりと見遣った。先にエレオノーラを部屋に帰しても構わないが、彼女はまだ夜会を楽しみたいようだ。

 誰か託せる人はいないだろうか、と考えている彼の傍らで、よく分からないが待たされているエレオノーラはクラウスの手をもちもちと触って遊んでいる。

「子供か、お前は」

「大人ですー一人でも平気だもの」

「まったく……」

 溜息をついて、小言を言おうとしたクラウスと、きょとん、と彼を見上げるエレオノーラの前に、一人の令嬢が現れた。

「相変わらず仲がいいのね」

 そう言われたのは本日二度目だ。


「マリー!」

「こんばんは、エリィ。シルバ子爵」

 不敬もなんのそので話しかけてきて、扇で口元を隠して笑ったのはマリアベル=ローズ・ダームトン。

 父親は男爵位を賜っていて、王都に何店も店を持つ大商会の会頭だ。燃えるような赤毛と濃い翠の瞳の、明るい色彩とサバサバとした性格が評判の令嬢だ。

「久しぶりだな、ムルトル男爵令嬢」

 咎めるようなクラウスの声に、彼女は淑女の礼をとる。やれば出来るが敢えてしない、らしい。

 肩を竦めるクラウスの手を離し、エレオノーラはマリアベルと手を握り合った。

「こんばんは、マリー!来ていたなんて気付かなかったわ」

「いい夜ね、エリィ。わたくし、先程まで席を外していたの」

 逢引をしていたことを暗に仄めかされて、エレオノーラの頬がぽっ、と色づく。

「も、もう、マリーったら……」

「いいじゃない。別に殿方と二人きりでお話するぐらい、エリィだっていつも子爵としてるでしょう?」

「少し意味が違うと思うわ……」

「ですって。子爵、報われないわねぇ~」

「成果を求めていない」

 クラウスは特に気にした様子もなく、マリアベルの軽口を切り捨てる。

「マリーはもうお部屋に戻るの?」

「いいえ、久しぶりだからエリィとお喋りしたくて戻ってきたの。あなた達こそ、もう戻るところかしら?」

 それを聞いてエレオノーラはパッ!と笑顔になり、クラウスの方を仰ぎ見る。彼はその視線を受けて、僅かに頷いた。

「彼女と離れないこと。もし疲れて部屋に戻りたくなったら、構わず私を呼ぶこと」

「はぁい」

 返事だけはいつもとても良いのだ、エレオノーラは。


「…………ムルトル男爵令嬢、頼めるか」

「お任せくださいな」

 マリアベルは軽やかに了承する。

 貴族としての階級の差はかなりあるが、マリアベルとエレオノーラは王宮の茶会で知り合って以来の大の仲良しだ。マリアベルの父親の商会は王室御用達の栄誉も賜っていて、その所為もあって彼女はとても顔がきく。

「……くれぐれも、余計なことを教えたりしてくれるなよ」

「あら、本当に過保護ね。いいじゃない、エリィだって立派な大人なんだし、あれやこれや」

 くすくすとマリアベルが煽るように笑うと、クラウスも唇を吊り上げて挑戦的に微笑んだ。

「私の楽しみを奪ってくれるな」

 婚約者でもない男が、恋慕している令嬢に向けて言うには少々刺激の強い言葉だ。マリアベルは一瞬、クラウスの美貌も相俟って赤面したが、すぐに体勢を立て直す。

「……まぁ、熱烈ね。いいわ、その狭量さに免じて、今夜は一時ナイトのお役目を引き受けてあげる」

 マリアベルはエレオノーラを抱き寄せて、ぱちりとウインクをする。凶悪な笑みを収めると、幾分和らいだ表情でクラウスは頷いた。



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