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レディ・エレオノーラ〜箱入り侯爵令嬢のまったく優雅ではない恋愛譚〜  作者: 林檎
レディ・エレオノーラと琥珀の令嬢~恋とはどんなものかしら?~
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16.暗雲

 


 エレオノーラはオルガを伴い、逃げるようにしてウェルシュ侯爵家の馬車に飛び込んだ。馭者は少し驚いたようだったが、スムーズに馬車を出発させてくれる。

 再び揺れる視界に街並みを映して、エレオノーラは眉を寄せた。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 オルガの問いに、緩慢に頷く。

「……クラウスとベアトリーチェ様、とてもお似合いだったわね……」

「……そうでしょうか?クラウス様は相変わらずお一人で立っているようにしか見えませんでしたし、ベアトリーチェ様の方は随分とクラウス様に気を遣っているようでした。とても思いあう婚約者同士には見えませんでしたよ」

 オルガがそう答えると、エレオノーラは目を瞬く。

 オルガが見たところクラウスはともかく、ベアトリーチェの態度はなんだかおかしかった。クラウスに対しても、そして何故かエレオノーラに対しても引け目があるかのように思えた。

「……弱みでも握られてるんでしょうかね」

 その言葉に、エレオノーラは笑う。

「まぁ、オルガったら。クラウスは紳士よ、そんなことするわけなじゃない」


 非常に複雑な気持ちをオルガはポーカーフェイスで封じた。

 ちなみにこの辺りの話はかのブルーノ・コラッツィアンに話せば全面的に同意してくれるのだろうけれど、幸か不幸か、この時点でブルーノとオルガに面識はない。

 くすくすと笑っていたエレオノーラの紺碧の瞳からふいに、つぅ、と透明な涙が溢れ、白い頬を伝った。

「お嬢様」

 慌てず騒がず忠実な侍女は主にハンカチを握らせると、馭者に合図を出して侯爵邸への帰路を遠回りさせる。がらがらと馬車の走る音にかき消されて、エレオノーラの小さな嗚咽は外には届かない。

 音もなく彼女の隣に座りなおしたオルガは、優しく主の華奢な肩を抱き寄せた。そこに縋りながら、エレオノーラは小さく吐露する。

「……いつかこんな日が来るのだと覚悟していたつもりだけれど……こんなにも寂しくて、悲しいのね……」

 大好きな幼馴染が遠くに行ってしまったようで、寂しい、悲しい、としくしく泣くエレオノーラの、泣いても尚美しいそのかんばせを見つめながらオルガはじっと考え込んでいた。


 本当に、ただの幼馴染が結婚するぐらいでこんな風に悲しく喘ぐような気持ちになるものだろうか?と。

 エレオノーラの兄が結婚した時も、彼女はとても寂しがっていたが反面新しく姉が出来ることをとても喜んでいた。その兄嫁とは現在侯爵邸で同居しているがとても仲が良い。

 そして姉のフィオレンティーナが外国に嫁ぐことが決まった時は、嫁ぎ先の国が滅多に行き来出来る距離ではない北の国だと知って、それはそれは盛大に悲しんでいた。けれど、あれは大好きな姉に滅多に会うことが叶わなくなるからだ。最後には結婚を祝福し、姉が幸せになることを心から願って晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 では今は?


「……しっかりしなきゃ……心から笑って、クラウスとベアトリーチェ様を祝福出来るようにならないと、またクラウスに心配かけちゃう……」

「お嬢様……」

「クラウスは優しいから、私が悲しい顔をしていたら、奥様がいても私のことまで心配してしまうものね。ちゃんとクラウス離れしないと」

 そう言って、ぺちぺちと自分の頬を叩く。

 それでも後から後から紺碧から零れる涙に、彼女はもう、言葉もなく静かに泣き続けた。


 エレオノーラのこの気持ちの正体を、オルガには推し量ることは出来ない。

 ただ主の為に、頼まれた調査を急ぐことだけを彼女は決めていた。







 一方、ドアーズ邸に帰宅したアンジェはユリアナに首尾を聞かれて唇を尖らせていた。


「クラウス様って外見は王子様みたいだけど、中身はちっとも優しくないのね!結婚するのはわたくしとじゃなくてお義姉様とだ、なんてきつい口調で言うのよ。怖かったわ」

 新しく出来た菓子店の新作菓子の包みを解きながら、アンジェは不満をぶつける。向かいの席に座り、お茶を飲んでいたユリアナも顔を顰めた。

「まぁ。当家と婚姻するのにどちらがいいか選べるのならば、アンジェの方が美しくて気立てがいいのに。クラウス様は見る目がないのね」

「本当に!……でも、幼馴染の女の子はすごく美人だったから、あの子を見てたら美的感覚が狂っちゃったのかもしれないわね」

 クラウスの屋敷で見た、エレオノーラの姿を思い出してアンジェは頷く。

 彼女の目から見てもエレオノーラは文句のつけようもないぐらい美しく、そして所作も完璧だった。彼女に比べれば、義姉のベアトリーチェはやはり令嬢としてかなり劣る存在なのではないだろうか、とアンジェはかねてからの自分の説に納得がいく。


「幼馴染?」

「ウェルシュ侯爵令嬢よ。本を返しに来たところでちょうど会ったの」

「あら……ウェルシュ侯爵令嬢といえば、クラウス様がいずれ婚約するだろうと言われていた噂の令嬢じゃない!」

 ユリアナが驚いて声を上げると、アンジェも驚く。

「あの子と婚約するかもしれなかったの?じゃあなんでお義姉様なんかと結婚するのよ」

 身分だって宰相閣下の侯爵令嬢と貧乏男爵令嬢じゃ天と地ほどの差がある。

「確かにお義姉様の方が胸が大きいとは思うけど、その程度で選ぶかしら?」

 アンジェは、愚かだが無邪気な子供だ。クラウスの意図が分からずぶつぶつと言いつつ、菓子を頬張る。

 愛娘のそんな微笑ましい姿を見ながら、ユリアナの方はクラウスの意図、というよりもベアトリーチェがいかにして彼を篭絡したのかについて考えを巡らせていた。





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