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レディ・エレオノーラ〜箱入り侯爵令嬢のまったく優雅ではない恋愛譚〜  作者: 林檎
レディ・エレオノーラと琥珀の令嬢~恋とはどんなものかしら?~
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11.義母と義妹

 

 その夜の帰り際。

 玄関ホールで執事から上着を受け取りそれを羽織っていたクラウスの元に、ぱたぱたという足音が聞こえる。

「クラウス様」

 デビュー前なので食事会には出席出来なかった、ベアトリーチェの義理の妹であるアンジェが足音をたてて駆け寄ってきたのを見て、クラウスは無言で頷いた。この子供に、作法云々階級云々の話をしても仕方がないのだろうな、とは思うが今後義妹になるのならばどこかで教育せざるをえない。

「婚約おめでとうございます、わたくしもこんなに素敵なお兄様が出来て、嬉しいです」

「ああ」

 アンジェは、ストロベリーブロンドに青みがかった黒の瞳の小柄な少女だ。こちらも当然、ベアトリーチェにもそしてユリアナにも似ていなかった。

 義姉の三歳年下だと聞いているので、エレオノーラと同い年。

 そう思った途端、整った顔立ちの子供だと感じていたのに急に色褪せて見えた。エレオノーラに欠点がないわけでもないのに、彼女と比べると誰もかれもが劣って見えるのだ。

 彼女から離れようと決めた後の方が、より一層エレオノーラに傾倒してしまっている自分を自覚して、クラウスは内心舌打ちでもしたい気分だった。これほど自分が未練がましい気性であったとは、情けない限りだ。


 ホールにはクラウスとアンジェ、執事だけが佇んでいる。客は皆帰った後で、ベアトリーチェと主催のユリアナに挨拶をしてクラウスも帰ろうと思っているのに、彼女達がホールに来ないのだ。

 だというのに、アンジェだけは来た、という奇妙な状態だ。


 一方、アンジェはうっとりとクラウスを見つめていた。

 冷たく見える切れ長の紅茶色の瞳に、高い鼻梁。整った顔に、極上の絹糸のような金の髪。すらりと背は高く、身に纏っているのはシンプルなスーツだが一目で高級な生地と仕立てだと分かる。

 美しく、裕福な青年貴族。

 義姉がどこで彼と知り合ったのか、どういう経緯で婚約したのか分からなかったが義姉に夢中、というわけでもなさそうだし、アンジェは自分と彼が結婚出来たらどれほどいいだろう、と夢想する。

「お待たせいたしました、クラウス様」


 ようやくやってきたユリアナとベアトリーチェに、クラウスは黙って視線をやった。ユリアナはちらちらとアンジェとクラウスを交互に見ていて、ベアトリーチェはうんざりとした顔をしている。

「アンジェ、クラウス様のお相手をしてくれていたのね」

「ええ、お母様」

 アンジェが見せつけるようにゆっくりと微笑んだ。

 隣に立ってじろじろこちらを見ていただけだと思うが、本人にはあれが歓待の姿勢であったらしい。変わった子供だな、とクラウスは判断した。

「クラウス様、アンジェはいい子でしょう?わたくしの自慢ですの。ベアトリーチェよりも美しく、気立てのよい娘ですわ」

 婚約者の前で貶めるようなことを言われて、ベアトリーチェが鼻白む。彼の宝石の間では自分も義妹もその辺の石ころのようなものだろうに、と。

 だが意外なことに、クラウスはユリアナに視線をやってハッキリと言った。

「ベアトリーチェ嬢は非常に美しく、頭のいい、申し分のない令嬢です。素晴らしい娘が二人もいて男爵夫人は幸福な方だ」

 その言葉にベアトリーチェは頬を朱に染め、ユリアナとアンジェは眉を顰めた。

「ではコークストー男爵夫人、これで失礼する」

「え、ええ。クラウス様。是非また我が家でいらしてくださいな」

 ユリアナの声がクラウスに纏わりつくようだ。少し不快で、彼はべアトリーチェの方へ視線をやった。


「ベアト、馬車まで見送ってくれるか」

「……はい!」

 ぱっ、と顔をあげたベアトリーチェは慌ててクラウスの後に続く。

「……ベアト、って」

 彼の横に並んで小声で囁くが、クラウスはちらりとも彼女を見なかった。馬車までの距離はあっという間で、そこでようやく彼はベアトリーチェの方を向いて立ち止まる。

「婚約者は、愛称で呼んだ方が手っ取り早くそれらしいだろう」

 彼が溜息をついてそう言うと、ベアトリーチェは目を泳がせた。

「そ、そうね。そうよね、あの……今度、では、またあなたの屋敷に行ってもいいかしら、この前言っていた本をお借りしたいの」

「好きにしろ。……仲睦まじい婚約者が、私の役目だ」


 あくまで契約結婚なのだということを言下に齎されて、べアトリーチェの一瞬膨らんだ気持ちが萎む。

 勿論そうだ。彼にそれを強いたのは、彼女自身なのだから、と少しでも浮ついた気持ちになった自分を恥じた。


「今更良心が咎めるか?」

「……いいえ」

 冷たい視線にベアトリーチェが顔を下げると、クラウスは馬車に乗り込む前に儀礼的な抱擁を彼女に与えさっさと乗り込んで帰って行った。

「……今更後悔なんてしないわ……もう後戻りは出来ないのだから」


 彼女の呟きは誰にも拾われることなく、夜空に舞い上がっていって、消えた。




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