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レディ・エレオノーラ〜箱入り侯爵令嬢のまったく優雅ではない恋愛譚〜  作者: 林檎
レディ・エレオノーラと琥珀の令嬢~恋とはどんなものかしら?~
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10.運命の歯車

 


 カトラリーと食器が擦れあう音が僅かにこぼれ、あとは人々のさざめき合うようなお喋りの声。

 宵闇と蝋燭の炎の境界は曖昧で、その狭間がクラウスは昔から嫌いだった。物事はもっと明確に線引きされてるべきだ。


 ドアーズ家の食堂には今夜、近隣に住まう親戚や古くから付き合いのある貴族数名が招かれて食事会が催されていた。会の目的は勿論、クラウスとベアトリーチェの婚約を身内に発表する為だ。

 チリリン、とグラスをスプーンが叩き、高らかな音が場に響く。

 お喋りを、あるいは本来の目的である食事の手を止めて、テーブルについている面々は音を奏でた人物に注目した。

 故コークストー男爵夫人。ユリアナ・ドアーズ。

 当然のことだが、ベアトリーチェとは似ても似つかない、艶のある黒髪に透き通った青い瞳と白い肌。彼女はまだ若く、亡くなった男爵とは少し年が離れているように見えた。

 とはいえ、夫を亡くしたことは彼女の心と人生に暗い影を落としたのだろう、喪服を纏う期間が過ぎて尚黒地のドレスを纏うユリアナは、儚げな未亡人として人々の目に映る。


 ベアトリーチェの隣の席に座り、ことの成り行きを眺めるクラウスの紅茶色の瞳は、ひどく冷たい。何もかもが茶番に見えて、下らない、と感じてしまうのだ。

 だが、本当に下らないのは、自分だ。

 今、ここにいてさえ脳裏に浮かぶのは、エレオノーラの呆然とした青褪めた表情。彼女を抱きしめて、全ての憂いを取り除いてやりたい。今まで彼がそうしてきたように。たとえ、その憂いを齎した者が自身であっても。

 なんという傲慢さと、浅ましさだろうか。

 ベアトリーチェと婚約したのは、結果的にはクラウスの判断だ。エレオノーラを誰よりも傷つけたくないのに、傷つける道しかなかった。よりダメージの小さい道を選べたのだと、今は信じたい。


「クラウス様、お口に合いませんか」

 隣から、ベアトリーチェに小声で気遣うように囁かれてちらりと彼はそちらを見遣る。

 サイズもデザインも彼女によく似合う、琥珀色のドレスを身に纏い生花で髪を飾ったベアトリーチェは、最初に会った頃の野暮ったさが嘘のように溌剌とした美女っぷりを披露している。

「……いや、堪能している。特にこのソースは美味いな」

 クラウスが僅かな手ぶりで目の前にある肉の皿を示すと、彼女はほっとしたように微笑んだ。

「我が家の料理長の得意料理なんです。どうぞ、たくさん召し上がってください」

「……そうか」

 外見は派手だし、あんな”提案”をしてきたのでどんな悪女かと思えばベアトリーチェは性格は想像以上に素朴だった。

 長女らしいしっかりした責任感の強さや、父親に愛されて育った少女らしい朴訥さ、それらを精一杯強がっている事業主の側面が固めている。まだ親を亡くすには十分に成長していなかったのだろう、時折年端のいかない少女のように不安な顔を見せた。

 恐らく彼女にもっと時間があれば、クラウスのような男と”条件”付きの結婚などするまでもなく、ベアトリーチェを真実愛し支えたいと思う紳士がこのドアーズ邸には行列を作るのだろう。


「皆さま、今夜はお忙しい中我が家の招きに応じてくださって、ありがとうございます」

 ユリアナの朗々とした声が食堂に響いた。

 残念ながら、現実は彼女の内面の魅力に気付く者はまだおらず、コークストー男爵夫人は今すぐにでも自分の親戚の老人の後妻に義理の娘を嫁がせようとしている。ベアトリーチェには一刻の猶予もなく、そしてクラウスには男爵夫人を黙らせるだけの立場と”弱み”があった。

「本日お集りいただいたのは他でもありません。わたくしの愛娘、ベアトリーチェと次期バノーラ侯爵が婚約したことを皆さまにお伝えする為です!」

 わっ、とテーブルについた面々から歓声と拍手が上がる。

 祝福の声を受けて、表面上は取り繕って会釈をしつつクラウスの内面を相変わらずひたりとも動かない。

 ユリアナの親戚の老人に嫁がせるよりも、次期侯爵に嫁がせた方が得策だと彼女は考えたのだろう。求婚の許しを請う為に訪れたクラウスを、ユリアナは大歓迎した。

 すぐに求婚の許しが下り、クラウスはベアトリーチェに偽りの愛を乞うた。

 その結果、今夜の食事会となったのだ。

 席の端に座るのは、ベアトリーチェと初めて会った夜会で、こちらを忌々し気に睨んでいた年嵩の男。いかにも好色そうな彼に嫁がされるところだったのかと思えば、なるほどゾッとする。


「さぁ、皆さま今一度、若い恋人達に乾杯しましょう!」

 ユリアナの声に、皆がグラスを掲げる。同じようにグラスを掲げてから、クラウスは様々な思いと共に中身を飲み下した。




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