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レディ・エレオノーラ〜箱入り侯爵令嬢のまったく優雅ではない恋愛譚〜  作者: 林檎
レディ・エレオノーラと琥珀の令嬢~恋とはどんなものかしら?~
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9.宝石の憂慮

 


 茶会から帰宅したエレオノーラは、外出用のドレスを部屋着の柔らかな生地で出来たドレスに着替え自室のソファに深く座り込んでいた。

 ドレスは彼女が好んで着る青系のもので、晴れた空の上澄みのような透け感のある青だった。


「お疲れ様でした。お嬢様。何かお淹れしましょうか」

 オルガに言われて、彼女は首を緩慢に振る。豊かな光沢を放つプラチナブロンドも、ドレスと共布のリボンで結いなおされていた。

「ありがとう、でもいいわ。話がもたなくて、あちらでたくさんお茶をいただいてしまったの」

 エレオノーラは、クラウスとベアトリーチェが婚約した事実しか知らない。それ以外には答えることが出来なかったが、それ以上に令嬢達は大盛り上がりで話がどんどんと進んでいく。彼女には時折相槌打つ以外はお茶のカップで口元を隠すことしか出来なかったのだ。

 ぐったりとした様子の主に、侍女は心配そうに眉を下げた。それを見て、エレオノーラは微笑む。

「大丈夫よ、心配しないで」

 手遊びに、やり掛けの刺繍を完成させてしまおう、と裁縫箱を引き寄せた。彼女は実は刺繍が苦手なので、人よりも時間がかかってしまう。その為、時間が空いている時は積極的に刺繍をすることにしていた。

 今刺しているのは、来週の教会でのバザーで売り物として出す分だ。


 そこでふと、ベアトリーチェの寡婦支援の事業のことを思った。教会や孤児院には貴族女性として当然のこととして奉仕活動をしている彼女だが、寡婦がどう暮らしているかだなんてほとんど考えたことがなかった。

 エレオノーラには遠い世界のことだが、騎士や傭兵が仕事として成立している以上当然戦争も、ある。その過程で命を落とす人がいれば、その戦士の家族は遺族となってしまうのだ。

「ベアトリーチェ様は本当に素晴らしい方だわ」

 つい口に出すとオルガは微妙な表情を浮かべる。

「……そうでしょうか」

 基本的にエレオノーラに危害を与える存在以外には良くも悪くも無関心なことが多い彼女の、珍しく顕著に含んだ態度に彼女の主は首を傾げた。

「……オルガは、ベアトリーチェ様がお嫌い?」

「嫌う程知りませんが……お嬢様の頭痛の種を増やした女を好いてはいませんねぇ」

 はっきりと言われて、エレオノーラは思わず苦笑する。

「クラウスと婚約したから?それは私があの人に依存してしまっている所為で、ベアトリーチェ様の所為ではないわ」

「そうだとしても、なんだか急展開で違和感が拭えませんわ」

 何故か今日のオルガは随分と食い下がる、エレオノーラは大きな瞳を瞬いた。


「……そう言われると、確かに何もかも急よね……」

 彼女の瞳に窓からの光が入り、紺碧の瞳は深く透きとおる。理知的な輝きが増し、思案するように細められた。

「王立公園で私が初めてベアトリーチェ様もお会いした時、二人はそれほど親しくは見えなかったわ。いえ、クラウスは私の付き添いだったから……?でも、普通婚約する程親しい女性ならもう少し……まるで知り合ったばかりの余所余所しさがあったわ」

 エレオノーラは知らないことだが、事実あの時点でクラウスとベアトリーチェは初対面に近い状況だった。名を知ったのも、エレオノーラと挨拶を交わしたおかげで知ったくらいだ。

「ですがよく知りもしない相手と婚約することは、貴族社会ではありがちなのでは?」

 勿論オルガも疑問に思ってはいるが、思考の手助けをする為にわざと反対意見を述べる。すると、エレオノーラはすぐに首を振った。

「その場合は、もっと身分が釣り合っていないと不自然だと思う。コークストー男爵家は先々代は確か王城で文官を務めてらしたと記憶してるけど……先代の、ベアトリーチェ様の亡くなったお父様は事業の方に力を入れてらして、貴族としてより商会の会頭としての方が有名だったと思うわ」

 ベファタン商会が気になって新聞を読み漁って調べた当時の記憶を一生懸命掘り起こしながら、エレオノーラはぶつぶつと呟く。

「つまり?」

 オルガの声は熱した鉄に指す冷水のような鋭さがある。導くのではなく、追い込むようなひやりとした響き。だがエレオノーラにはその音が心地よい。

「歴史と伝統を誇るバノーラ侯爵家の子息と政略婚約するには、コークストー男爵令嬢では力不足」

 エレオノーラは口に出してから、慌てて自身の唇に手を当てた。

「……どなたに対しても不敬でした。忘れて頂戴、オルガ」

「お嬢様の仰せのままに」

 にこりとオルガは微笑んだが、答えは既にエレオノーラに齎されていた。最初から、疑問でしかなかったのだ。


「……政略結婚ではないのなら、クラウスはどうして、そして何故これほど急に、ベアトリーチェ様と結婚しようとしているのかしら」

 そしてようやく本来抱くべき疑問に思い至る。政略結婚でないことは、今日の茶会での皆の反応を見てもわかっていた。もしも何がしかの利権の問題であるならば、それに聡い年頃の令嬢と社交界に通じた夫人たちの情報網を欺くことは至難の業だ。

 貴族が婚姻を急ぐことの可能性といえば、よく聞くものは領地に急ぎ戻る必要があるだとか、家族に何かあっただとかの家側の事情。

 ではなければ、スキャンダル。

 しかしこれは、クラウスとは遠い話のように思える。


「…………お互い一目惚れで、すぐに結婚したい、というのもありうるかしら……」

「もしそうであったとしても、すぐに結婚なさる場合、今のお嬢様のように疑問に思う人が現れると思います。そういった疑惑を避ける為に、シルバ子爵でしたら十分な婚約期間を設けるのではないでしょうか」

 オルガの言葉に、エレオノーラはうんうんと頷いた。

「そうよね。クラウスのことだもの、その辺りはきっと抜かりない筈。結婚後もひそひそ言われてしまうかもしれないし、ベアトリーチェ様の名誉の為にもそういったことはしないわよね……」

 既に男女の仲にあり、それが露見する前にさっさと結婚してしまう貴族も少なくはないのだ。社交界では誰もが醜聞を忌み嫌う。

「それに家格が釣り合わない相手との恋愛結婚なら、もっと兆候がありそうなものよね?さすがにあれほどクラウスの傍にいて私が気づかない、なんてこと……ないと思いたいけど」

 エレオノーラが苦悩する中、クラウスの恋愛結婚ではないこと”だけ”は確信しているオルガはうんうんと頷いてみせた。以前、屋敷を訪れた際にクラウスと話した時はそんな素振りはなかった。

 むしろ今現在も彼はエレオノーラを愛していて、何か事情があってベアトリーチェと結婚する…せざるを得ない、といった風情だった。

「…………では、二人の婚約……結婚には、何か思惑が絡んでいるのかしら」


 ううん、と唸って、エレオノーラは忠実な侍女を見遣った。

「オルガ、二人のことが心配だわ……」

「何なりと命じてください、我が主」

 オルガは芝居がかった仕草で優雅に礼をしてみせた。


「お願い……この件について、調べて欲しいの」




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