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レディ・エレオノーラ〜箱入り侯爵令嬢のまったく優雅ではない恋愛譚〜  作者: 林檎
レディ・エレオノーラと琥珀の令嬢~恋とはどんなものかしら?~
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6.コークストー男爵家

 


 後日。

 本当にクラウスの屋敷にやってきたベアトリーチェは、応接室で彼と相対してニコニコと微笑んでいた。

 今日も少し流行遅れのクラシックなドレスを魅惑的な体に纏っている。思うに、このアンバランスさが余計に男の劣情を誘うのではないだろうか。

 自身にデザインもサイズも添ったものを身に着ければ、もっと堂々とした女主人らしい風格が出て、商会の顔としても申し分ないだろうに。


 そう思ったクラウスは、一通り事業に関する話が終わった後、これも助言になればいいが、と前置いてその話をした。本来女性の装いに口を出すなど無粋極まりないが、今ベアトリーチェは経営者として来ているのだ。

「貴族が装うのはただ贅沢がしたいからではない。中にはそういう者もいるかもしれんが、大多数は己の権力を示し、相手に対して印象を有利に進める為だ」

 彼がそう締めくくると、ベアトリーチェは不愉快にでもなるかと思ったが意外にもまるでそれが本題です、とばかりに身を乗り出してきた。

「そこなんです!」

 壁際で同じように資料を精査していた執事のマルクがぎょっとしている。彼の主にこんな風にあからさまな態度を許されているのは、ただ一人だけだからだ。

 ちらりと見ると、やはりクラウスは美しく整った顔を顰めていた。

「下がれ、ベアトリーチェ=フォン・ドアーズ。同じ愚を二度犯すな」

 先日の夜会での無礼について言われていることに気付いて、慌ててベアトリーチェはソファに座りなおす。ここまで来て追い出されてはたまらない。

「失礼しました……実は、訳あってわたくし早急にパートナーの方が必要なのです」

「マルク、客が帰るぞ」

 間髪入れずにクラウスが言い、マルクは頭を下げる。

「待ってください!話だけでも聞いてください」

 ベアトリーチェは必死になって叫ぶが、彼は取り付く島もない。

「無用だ。よそでやれ」


「わたくしには、頼りになる父も兄も、幼馴染もいないんです!話を聞いた後に断っていただいてもかまいません、どうか聞くだけでもお願いします……!」

 途端、ギロリと紅茶色の瞳がベアトリーチェを睥睨した。

 今日の彼は、ビジネスライクなスーツに身を包んでいる。正しく貴公子である彼だが、普段はドレッシーな服装を望まない。動きやすい美しいラインのジャケットは彼を細身に見せるが、今はひどく威圧感があった。

「ヒッ……!」

 エレオノーラのことを揶揄されたことが気に入らなかったのだ。時折こうして、彼女を苦労知らずだのなんだと言ってくる輩がいるが、クラウスにはそれが我慢ならない。

「……お前にあれの何が分かる?」

「あ、あの……」

「人は生まれた場所で生きていくしかあるまい。あれの生まれた場所が、いかに豪奢で美しく見えようと汚泥の中に咲いているようなもの。私の前で、知ったような口を利くことは許さん」

 震えながら立ち上がったベアトリーチェは、精一杯の謝罪の気持ちを込めて頭を下げる。

「……申し訳ありません、エレオノーラ様のことを貶めるつもりは全くなく……わたくしの窮状を聞いていただきたいが為の、言葉の綾でございました……」

 カタカタと震える女が首を垂れていたところで、クラウスの心は鎮まりはしない。

 とはいえ、彼女はエレオノーラの初めて関わる事業の事業主だ。あれほど嬉しそうにしていたのに、すぐに事業が立ちいかなくなっては彼の宝石も悲しむだろう。

「……謝罪は受け入れん。が、話すがいい……助言をやるとの約束は果たそう」

 顔を顰めたままのクラウスに、ベアトリーチェはもう一度頭を下げた。


 マルクが淹れなおしてくれた紅茶の香気が、部屋に満ちる。

 ここに来たのは、間違いだったのかもしれない、とベアトリーチェは考え始めていた。

 シルバ子爵はウェルシュ侯爵令嬢といる時、厳しいけれど優しい、芯の通った人のように見えていた。だから、ベアトリーチェの事情を話せば全面的に協力してくれるとまではいかなくとも、力になってくれるように錯覚してしまったのだ。

 けれど、今相対しているクラウス・バッファは冷徹で、エレオノーラ以外の存在に斟酌するつもりがないことがありありと分かる。これでは話したところで無駄かもしれない。

 今、彼は傲岸な様子で長い脚を組み、肘をついていかにも気だるげにベアトリーチェの話を聞こうとしている。ひどい態度だ。

 実はこれは彼のリラックスした姿勢であり、落ち着いて彼女の話を聞こうとしているだけなのだがそれを知らないベアトリーチェには威圧だけを与えていた。

「……わたくしが、以前夜会で好色な男に狙われていた件を覚えておられるかと思いますが」

「……」

 そんなこともあったな、と彼は考える。

 クラウスは記憶の整理が非常に得意で、一度見たものを意識して覚えておくことも出来るし不必要な記憶をわざと記憶の端に追いやることも出来るのだ。

「何から説明すれば……」

「私見を交えず、簡潔かつ正確に」

「……わたくしの母は、わたくしが七歳の時に亡くなりました」

「長くなるのか?」

「……父は、幼いわたくしには母親が必要であろう、と同じく伴侶を亡くした未亡人であった今の義母と再婚しました」

 クラウスは胡乱な視線を彼女に向ける。薄々気付いていたが、エレオノーラと同じでこちらの言葉を都合よく無視してくるタイプだ。

「わたくしが、ベファタン商会で寡婦を支援しようと思ったのは義母が切欠です。彼女はわたくしが幼い時分、自身が夫を亡くしどれほど大変であったかをよく聞かせてくれました。幸い自活する能力があったので、母子ともども無事になんとか暮らしてこれたが、それでもわたくしの父・コークストー男爵が見初めてくれなければ後々はどうなっていたか分からない、と」

 クラウスは脚を組み替えて溜息をつく。彼女は語り口は上手だが、彼は今物語を聞きたいわけではない、私見を交えずに話せと言ったのに前提条件を提示していないことに呆れたのだ。

 まぁ演説が上手なのは、上に立つ者として向いている、とも言える。

「母子」

「はい。義母には連れ子がいました、わたくしの三歳下の娘・アンジェ。とても可愛らしい子です」

 クラウスは頭の中の登場人物覧に女児を一人増やす。エレオノーラと同い年だ。

 効率が悪いのでもっと簡潔に話して欲しかったが、女性はこうして話しながら気持ちが昂っていくことが多いように思う。すぐにエレオノーラのことを思うのはクラウスの癖だが、彼女は初っ端からトップスピードなことも多いので、規格に収まらない。そこも可愛いと思っている。


「父とわたくし、義母とアンジェ。血の繋がらない者同士の家族でしたが、わたくし個人の資産を使ってベタファン商会を作り、父が出資者となって支援を、義母の意見を取り入れて運営するなど、上手くやってきたつもりでした。……ですが父であるコークストー男爵が二年前に亡くなって、全てが変わりました」

 ベアトリーチェは、目を伏せる。頭を垂れると、金茶の髪が小麦色の項にかかった。

 クラウスは無感動に彼女を眺める。今までの話や言動から類推することは可能だが、話を聞くと言った以上先回りをすることも失礼だろう。

「……義母はわたくしを排斥し、アンジェを男爵家の跡取りとするつもりです」

「妹は血筋としては男爵家とは無関係だろう」

「それでも、現在のアンジェが男爵令嬢であることは間違いありません。養子が家督を継ぐことは我々下級貴族の社会では珍しいことではありませんし、妹に問題があるわけでもないのに強硬に反対する理由もありません」

 侯爵家という上級貴族に生まれたクラウスには理解出来ない理屈だったが、数代で入れ替わることも多い下級貴族ならではの考えなのだろう。

「とはいえ、お前がいる状態では無論無理なことなのだろう?」

「その為、わたくしを男爵家よりも劣る家に嫁入りさせるべく画策するようになりました」

「……だがお前も瑕疵のないれっきとした男爵家令嬢、断ることも出来る筈だ。何も義母の言いなりになる必要はない」

「ええ。ですがわたくしは18歳になるまでは義母を後見人とすることが、父の遺言で決まっているのです。18歳になれば、正式な男爵家の後継者として女男爵を名乗ることも、もしくは自分で好きな結婚相手を選ぶことも出来るようになるのです」

「なるほど?……つまり、お前が18歳にならねば、男爵家の跡取りを妹にすることも出来はしないわけか。それまでに、お前をどこかに嫁がせ男爵家の子供を妹だけにしたい、と」

「ええ。ですが、わたくしは爵位自体よりも、妹に爵位を取られて商会の経営が立ち行かなくなることことだけが耐えられないのです。商会を維持する為に、結果的にわたくしは女男爵になるつもりです」

 ふ、とクラウスは目を細める。ベアトリーチェは顔を顰めつつ頷く、この男は少し面白がっていないだろうか?と疑った。

「お前が18歳になるのはいつだ」

「二か月後です」

 クラウスは指先で唇をなぞる。

「……ふぅん?」

 ベアトリーチェは、琥珀色の瞳に力を込めて彼を見つめた。縋るような視線になってしまうが、ここまで説明したのだ、どうか聞き届けてほしい。

「……改めてお願いします。どうかわたくしと結婚してください」


「……お前の状況には同情する。だが、答えは何度聞かれても同じだ」


 クラウスの冷たい声が、応接室に凛と響いた。



「断る」




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