5.強引な申し出
そこではたと思い出す。
ところがどうしたことか、昨夜の様子では、クラウスはエレオノーラと結婚することに迷いがあるように感じられた。彼のような性格ならば、結婚の意思があれば躊躇なくそう言いそうなものを濁していた。
もしそうであるのならば、ベアトリーチェには願ったり叶ったりだ。彼女は昨夜同様、クラウスに結婚を申し込む為にここまで来たのだから。
「では、コースクトー男爵令嬢」
「はい!」
急に声を掛けられて、ベアトリーチェは慌てて返事をする。クラウスは先程の甘やかな表情をすっかりと消し、どこか厳しい雰囲気を湛えていた。
「出資者を募っていた広告と、出資者に説明する事業内容説明書を私の屋敷に送ってくれ」
「え」
「クラウスも出資するの?」
ベアトリーチェの疑問を、あっさりとエレオノーラが口にする。
「しない。私の財産は領民の為であり、慈善事業であったとしてももっと旨味のあるものに投資する」
「そう。……尤もだけど、言い方やな感じ!」
エレオノーラは唇と尖らせる。少しはしたないこんな仕草も可愛さが勝るのは、美人は得だな、とベアトリーチェは思う。
「では、何故……?」
「貴女をエリィに紹介したのが私だというのならば、出資先の事業について把握しておくのは当然のことだ」
「過保護……」
またぼそりとオルガが背後で呟く声が聞こえたが、黙殺した。
エレオノーラの父兄が確認しているのならばよほどのことがない限り問題は起こらないだろうが、それでも彼女に関することを知っておきたいのはクラウスのエゴだ。
その横で、エレオノーラの顔が赤くなり、少し申し訳なさそうに笑う。
「私が頼りないので、クラウスに面倒ばかりかけちゃってるね」
「お前の面倒を見るのは、私が好きでやっていることだ気にするな」
「……うん」
エレオノーラは溜息をつくようにして、笑った。
その笑顔には万華鏡のように複雑な感情が煌めいていて、それがどうにも人目を惹いた。少女の中にある大人の部分とでもいうのか、言いあらわしにくい色気のようなものがあった。
「……いいな。あなたはとても大切にされているのね」
ぽつりと零れたベアトリーチェの言葉は小さすぎて、エレオノーラとクラウスの耳には届かなかった。
「ベアトリーチェ様?」
エレオノーラが首を傾げる。その動きに合わせてプラチナブロンドがきらきらと零れた。
眩しそうに目を細めたベアトリーチェは、意識してにっこりと微笑む。
「いえ、でしたらわたくしが説明に上がりますわ」
「……不要だ。書類さえ読めば事足りる」
先程までのエレオノーラへの対応を見ていると、夜会などで気さくだの誠実だの言われている姿は、彼のほんの表面でしかないことがよく分かる。あれほど、ひたむきに愛情を注ぐ姿を見た後ではどうしても冷たい対応に見えてしまう。
でもベアトリーチェはへこたれない。へこたれている場合ではないのだ。
「検討するまでもなく元々出資する意思のない方に、資料をお見せするのは当商会としては出来かねますわ。でも子爵のお気持ちも分かりますし、ここはいかがでしょう?」
彼女の琥珀色の瞳がキラリと輝く。
「資料を見ていただいて、至らない点があればわたくしに助言をくださる、ということでしたら特別に資料をお渡しいたしますわ」
「…………」
視線が痛い。
どうあってもクラウスと二人で話がしたいのだと透けて見えるベアトリーチェの台詞に、クラウスの視線は氷のようだ。
「経営に携わる者として、子爵はとても優秀だと聞き及んでいます。ご意見をいただけるのならば、お見せする価値があるというものですもの」
「まぁ!そうなんです、クラウスは本当に優れた領主代行なんです。いつも領地経営の為に頑張っていて……彼の治める領地の民は幸せだわ」
大好きな幼馴染のことが褒められて、エレオノーラは嬉しくて声をあげる。
無理に資料をベアトリーチェから見せてもらわなくても、エレオノーラの方に正規の出資者として配布される資料を見ればいいか、と考えていたクラウスは眉を顰めた。嫌な予感しかしない。
「初めて出資する事業だもの。クラウスが助言してくれると、私も心強いわ、お願いしてもいい……?」
よくはない。全くもってよくはない、のだが、ここで断れたことが、クラウスにはない。
後でこのことを口実に、エレオノーラからなにがしかの謝礼を分捕ろうと決めて、クラウスは忌々し気に応えた。
「……承知した」
「まぁ!ありがとうございます!でしたら、後ほどウェルシュ侯爵家に正式な書状を送っておきますわ!シルバ子爵のところにはご予定を伺う使いを寄越しますので!では、わたくしはこの辺りで失礼いたします!」
言質はとった、とばかりに反故にされてしまう前に慌ただしく挨拶を述べて、ベアトリーチェは逃げるように去って行った。
ぴぅ、と一陣の風が吹いて、エレオノーラは大きな瞳を瞬く。
「とってもお元気な方ね」
「……有り余ってそうだな」
一つ溜息をつくと、クラウスは自分の腕をエレオノーラに向けて差し出した。当然のようにその腕に自分のそれを絡めて、彼女は微笑む。
「……嬉しい。ずっと何か私にも出来ることはないかなって考えていたの。社会貢献だなんて偉そうなことを言うつもりはないけれど、誰か一人でも二人でも、助けることが出来るなら、とても嬉しいわ」
「………………」
「溜息ふか!」
盛大にクラウスが溜息をつくと、エレオノーラがぎょっとする。
この愚かで、無邪気で、どうしようもなくいとおしい子供がそれを望むのならば、クラウスは叶えてやりたいのだ。何もかも。
「いいだろう、厄介な女の一人程度、どうとでもしてくれるわ」
「え、物騒!」
クラウスにもエレオノーラにも聞こえていないけれど、オルガには聞こえてます。




