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レディ・エレオノーラ〜箱入り侯爵令嬢のまったく優雅ではない恋愛譚〜  作者: 林檎
レディ・エレオノーラと琥珀の令嬢~恋とはどんなものかしら?~
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3.二度目の出会い

 


 翌朝。

 美しく整えられた王立公園を、クラウスはエレオノーラを伴ってゆっくりと歩いていた。


「連れてきてくれてありがとう、クラウス!付添人とだけじゃ行っちゃダメっていうのに、父様も兄様もお忙しくてなかなか連れてきてくれないんだもの」


 今朝も、彼の愛する少女は輝くばかりに美しい。

 水色のシンプルなドレスに、レースの縁取りの手袋。小さな耳飾りは珊瑚で、滑らかな赤が白い肌に柔らかく溶け込む。


「宰相閣下もディーノも多忙な方々だからな」

「オルガはとっても強いから心配ないです!て言ってるのに、二人とも取り合ってくれないのよ」

「ええ、お嬢様。私は虫を殺すのも得意ですわ」

 後ろから付き添う侍女のオルガが、そっと進言する。

 そういうところだぞ、とクラウスは思ったが賢明にも口を噤んだ。エレオノーラの父と兄が望んでいるのは彼女に群がる虫に対する虫除けであって、虫殺しではないのだ。

 逆に言えばクラウスは彼らに虫除けとして認められていることに、喜べばいいのか嘆けばいいのか判断が難しいところだ。


「あ、でもクラウスも忙しいのでしょう?早めに切り上げるわね」

「構わん。シーズン中はあまり仕事を入れないようにしている」

「でも昨日もパーティに出ていたのでしょう?お疲れなのに、ごめんね」

 立ち止まったエレオノーラは、クラウスの頬に触れて眉を下げる。

「……その疲れをおしてせっかく付き合っているのだ。お前が笑っている姿の方が見たいものだが?」

 ふ、と僅かに笑って彼が言うと、エレオノーラはへにゃりと微笑んだ。

「気障だ!貴公子っぽい」

「馬鹿者、私は正真正銘貴公子だとも」

「自分で言う……」

 くすくすと楽しそうに笑うエレオノーラは、やはり可愛い。


 どうしてこの女を己のものとしてはいけないのか、クラウスの中にいる我儘な男が理解出来ない、と常に怒っている。


 だが、そんなものは決まっている。

 エレオノーラの恋心が、クラウスには向いていないからだ。

 幼馴染として誰よりも近くにいて、一等大切に接してきた相手。自惚れではなく、クラウスがそうと仕向ければエレオノーラは彼に恋のような気持ちを抱き、簡単に手に入るだろう。

 だが、それは何も知らない令嬢を食いものにすることと、どう違うと言えるだろう?そして、それは刷り込みではないと言い切れるのだろうか?

 クラウスは、真実、エレオノーラのことが大切なのだ。

 だから、本当に彼女の意思で選び、幸せになって欲しい。とはいえ、横から有象無象に掻っ攫われて平気なのかと問われれば即答出来ないのだが。

 と、二人の前にさっと一人の女が現れて会釈をした。



 二人の前に現れたのは昨夜の令嬢で、クラウスは無表情のままだった。会釈をされたので、エレオノーラは首を傾げつつ同じように返す。

「おはようございます、ええと……クラウスのお友達でしょうか」

「おはようございます。ええ。昨夜の夜会でちょっと」

 にこりと令嬢は微笑み、改めて優雅にお辞儀をした。

「ウェルシュ侯爵令嬢には初めてお会いいたします、わたくしはベアトリーチェ=フォン・ドアーズ。父は故コークストー男爵ですわ」

 ベアトリーチェはそう言うと、挑発的な琥珀色の瞳でエレオノーラを見つめた。無意識にクラウスは前に出そうになって、自制する。


 けれど、ベアトリーチェとクラウスの思惑とは全く見当違いに、エレオノーラはふんわりと微笑んだ。

「コークストー男爵令嬢。ではベファタン商会の会頭の方ですね!嬉しい、お会いしたかったんです」

「!わたくしの商会をご存知ですの……?」

 驚くベアトリーチェを前に、クラウスは口の中でベファタン商会、と呟く。確か新興の商会でその名を見た覚えはあるが、自身の仕事とは無関係だったので事業内容までは記憶しなかった。

「ええ。新聞で読みました。知っている?クラウス、ベファタン商会は、寡婦の方の業務支援をなさっているのよ」

「……ああ、確かそんな内容だったな」

 記憶と掘り起こしながら、クラウスは訝し気にエレオノーラを見遣る。彼女がこんな風に人前で興奮することは珍しい。

「素晴らしいわよね」

 頬を紅潮させて、エレオノーラは一人頷く。


「貴族であっても、夫を亡くした女性には様々な困難が付きまといます、まして平民の寡婦にはそれ以上に。夫を亡くしたというだけなのに、己の性まで差し出して生計を立てる者は少なくありません」

 ベアトリーチェが令嬢から事業主の顔になって口上を述べると、エレオノーラは悲しそうに眉を寄せた。すぐに感情移入する子供なのだ。

「そんな寡婦に、主婦の得意な仕事を割り振るのがわたくしの商会の主な業務ですわ」

 言うなれば派遣業者のようなものなのだろう。

 寡婦に一定レベル以上のスキルを身につけさせて、通いの家政婦やお針子の下請けをさせる。勿論人柄なども厳しく精査するし、技術も一定以上に引き上げるまでは働きに出させることはしない。

 楽な仕事ではないけれど、体を売るよりはずっといい、というのが大方の寡婦の意見だ。主な派遣先が上級貴族ではなく比較的裕福な商家や下級貴族に絞ってあるのも、需要がある理由である。


「本当に素晴らしい発想だわ。貧困層へのただの施しではなく、彼らを教育することは生活水準の底上げにもなるもの」

 仕事で得たスキルは日々の家事にも活かせるので、節約などにも役立つのだという。随分ベファタン商会の記事を読み込んだのか、エレオノーラはベアトリーチェの説明を補足するように言葉を交わし、とても感じ入った様子だった。

 クラウスは横でそれを聞きながら、感心する。ベファタン商会の業務内容は、確かに無駄がなく寡婦には持ってこいの内容だ。けれど、それは従来のメイドや下働きの女性使用人の仕事でもあったもので、大きな利益が見込めるものでもない。


 つまり、べアトリーチェはこの商会で儲けるつもりはないのだ。

 本当に寡婦への継続的な支援を目的としているのだろう。リターンに対して被る面倒が多いように見受けられるので、商売としては旨いとは思えなかったが、それを敢えて行うベアトリーチェの行動力は、同じ経営を担う者として称えたい。

「……ありがとうございます、エレオノーラ様は本当によく我が商会のことを勉強してくださったのですね。光栄ですわ」

「いえ、そんな……私はベアトリーチェ様の発想と行動力を、尊敬しているんです」

 エレオノーラはベアトリーチェに向けて微笑む。同性でも見惚れてしまう程美しい笑みに、ベアトリーチェは商会が褒められたこともあって嬉しそうに頬を赤らめた。


 エレオノーラの関心を惹く彼女に、クラウスは僅かに焦れる。夜会で疲れた体をおしてまで、散歩に来たのに肝心の彼女が別の者に夢中なのは面白くない。

 けれど、クラウスの宝石はいつも彼の想像の斜め上をいくのだ。


「ベアトリーチェ様……ここで言うことが正しいのかわからないのですが、これもご縁と思ってどうか聞いていただきたいんです」

 少し恥じらった様子でエレオノーラが口火を切ると、ベアトリーチェは勿論、クラウスも何事かと彼女を見遣る。



「……もしよろしければ、私も商会の出資者に名を連ねさせていただきたいのです」



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