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レディ・エレオノーラ〜箱入り侯爵令嬢のまったく優雅ではない恋愛譚〜  作者: 林檎
レディ・エレオノーラとエメラルドの首飾り~眠れる獅子な侯爵令息が本気を出した場合~
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17.幸せのありか



 ロイドによる手紙に気付いたエレオノーラは、咄嗟に自分に宛がわれた部屋にクラウスを呼ぶことを避けた。

 もし部屋が見張られていて彼に手紙のことを話したと思われては、ロイドに首飾りを持って逃走されてしまうと考えたのだ。

 クラウスに彼に宛がわれた部屋に戻るように伝えてもらう使いを出して、自身はオルガに頼んで窓から壁伝いにクラウスの部屋まで運んでもらう。部屋に入ったエレオノーラは彼からの小言もそこそこに、手紙と差出人のことを話した。


「ではその男を即時拘束、拷問にでも掛ければよかろう」

「でも、ワーグナー卿の狙いが何なのかわからないうちは、拘束してしまうのは危険だと思う。私が手紙に従って出向き、聞き出すのが一番早い……」

「却下だ、馬鹿者」

 全て言い終わる前に却下されて、エレオノーラはクラウスを睨みつける。

「でも」

「大方お前が狙いなのだろうよ、お前はもっと己が美しいという自覚を持て」

 頭痛の種を探すように、クラウスの長い指がこめかみの辺りを探る。並んで座るエレオノーラも彼のこめかみをつつきつつ眉を寄せた。

「ん?クラウス、私のこと綺麗って思ってくれてるの?」

「婚約者を美しいと思うのは当然の心理だろう」

 恥ずかしがることもなく、当然とばかりに言うクラウスにエレオノーラの方が照れてしまう。

「そ、そうなの……私もクラウスのこと、カッコイイと思ってるよ」

「…………なるほど、私の忍耐を試そうというのだな、いい度胸だ」

「なんで怖い顔するの!?」

 エレオノーラは仰け反るが、逃げることは許されずクラウスの長い腕に抱きしめられてしまう。

「……時間もありませんし、お話を進めるべきかと」

 オルガがきっぱりと宣言すると、エレオノーラはハッと現状を思い出した。

「クラウスに反対されても行くからね!オルガはマジョレー伯爵夫人のお部屋に侵入して、伯爵夫人の宝飾の箱の中を捜索して欲しいの!」

「なりません、お嬢様。私の仕事はお嬢様への万難を排すことです」

 オルガがすぐに反論する。他人の部屋に侵入することは容易いが、彼女には自分の職分があるのだ。

「だってオルガが一番上手に出来るでしょう?」

「当然です」

「……馬鹿者が……」

 クラウスの呻きは、諦めを含んでいた。



 結果、予め部屋にクラウスとマルクが潜んでおいて、ロイドの思惑が分かった時点でエレオノーラと引き離して拘束すること。

 オルガは再び壁伝いに伯爵夫人の部屋に向かい、宝飾の箱を捜索。夫人も共犯である可能性もある為、無断で侵入させてもらうことになった。

 貴族女性は、自分よりも高位な女性とドレスや宝飾の色等が被った時に別のものを纏う、故に必ずそれらの予備を持ち込んでいる筈。使う予定のない宝飾の箱あたりが怪しいのではないだろうか、というのはエレオノーラの案だった。

 ちなみに伯爵夫人が部屋に戻るのを阻止する為に、彼女の足止めはブルーノに頼んでおいた。後ほど詳しく説明する必要はあるが、年上の女性を口説くことにおいて彼以上に得意な男をクラウスは知らない。

 マジョレー伯爵夫妻は、互いに愛人を持っていることで有名で。夫人の方は若く美しい男が好みなのだという。

 その関係で今回の夜会にはロイドが愛人として同行していたのだろうけれど、ブルーノに簡単に足止めされているところを見ると、夫人の方もロイドに深く執心しているとは言えないのかもしれない。

 そういった経緯で、あの小応接室での出来事となったのだ。



 クラウスに支えられて公爵の元へと向かう廊下を歩く道すがら、エレオノーラは彼の方を見上げる。

「どうした」

「……ユリアナ様のイジーの時は私は一緒に来なくていい、て言われたのに、今回は付いて行ってもいいんだなぁ、と思って」

 ユリアナの件は随分昔のことのように感じるが、ほんの一日前のことだ。今日は随分長い一日だった。

「ああ……あの時はお前はまだ私の婚約者ではなかったからな。二人で報告、などという余計な憶測を招きそうな行動は慎んでいただけだ」

「そ、そうなんだ……」

 ぽ、と顔を赤らめて、エレオノーラは恥じらう。

 そうだ。昨日は婚約者ではなかったが、今日のエレオノーラはクラウスの婚約者だ。

 正確にはまだ婚約証明書にサインはしていないが、恋が実って双方の意思が固まっている以上もはや婚約しているといって差し支えない状態ではあった。

 そう思うとぴったりとくっついている今の状態も恥ずかしいものの、嬉しくなってくる。

「ふふっ」

「……なんだ」

「好きだよ、クラウス」

「今言うか、この馬鹿め」

「クラウスは?私のこと、好き?」

 揶揄うつもりで、エレオノーラはクラウスを見上げて尋ねる。すると、彼は傲岸不遜に笑ってみせた。


「愛している。これから嫌というほど分からせてやるから、覚悟しておけ」








 朝の光が寝室に差し込む。

 重いビロードのカーテンは開かれていて、レースの合間から光が零れてシーツの上に影模様を描く。

 温かなベッドの中で微睡んでいたエレオノーラは、僅かに触れられた感触にそっと瞼を押し上げた。紺碧の瞳が、薄い光を浴びて宝石のようにきらめく。


「起きたか」

 すぐ傍に上半身を起こしたまま新聞を読むクラウスを見つけて、エレオノーラはうっとりと溜息をついた。高い鼻梁に薄い唇。紅茶色の瞳は光の加減で濃い赤にも、薄い茶色にも変わる。彼は、惚れ惚れするほど美しい男だ。

 傍らに散らばっている新聞は複数の新聞社のもので、様々な記事を並べて読んでいるらしい。僅かなインクの匂いとクラウスの使う香水の香りが混じり、今となってはそれ自身が彼の匂いのように感じる。

「……いま、キスした?」

「どうだろうな」

「もう一回して」

 彼女がそう言うと、クラウスは体を倒してそっとエレオノーラのピンク色の唇にキスをくれる。






 あの後。

 ノストン公爵に今までの経緯を説明すると、公爵の方からその夜のうちに王城へと連絡がいった。クラウスとエレオノーラが首飾りの捜索をしていることはフィオレンティーナの方から知らされていた為、公爵は情報提供に全て応じてくれていたが本当に二人が犯人と首飾りを見つけたことに、ひどく驚いていた。

 そして、そのままロイドとメイドのアンナは身柄を王城に連行され、事情聴取に入ることとなる。エレオノーラとクラウスも翌日朝食が済むと、屋敷に帰るよりもそのまま王城に召喚された。

 王城に滞在していたフィオレンティーナには抱き着いて労われたが、三人ともラザールにとても叱られた。

 最悪だったのは、エレオノーラを危険に巻き込んだことで父親であるウェルシュ侯爵が大激怒し、あわや婚約に反対か、というところまでいったのだ。そこはエレオノーラの母であるウェルシュ侯爵夫人・レティーツィアがなんとか取り成してくれて無事婚約まで漕ぎつけた。

 ただしそれから紆余曲折を経て、婚約期間は延びに延び、なんと結婚に至るまで結局一年近くを要したのだ。

 クラウスにとっては地獄の日々だったに違いない。

 勿論、エレオノーラにとっても。






 そのまま脇に腕を入れてエレオノーラの体は持ち上げられて、胡坐を掻いたクラウスの膝の上に横抱きに座らされた。彼は、美しく何よりも愛しい妻のプラチナブロンドをかき上げ、露になった白い項に唇で触れる。

「そろそろ起きるか?」

「……ん……もうちょっと、ここにいてもいい?」

「構わん」

 かさり、と新聞を捲る音が聞こえる中、彼女はもう一度目を閉じる。額を擦り付けて首筋に甘えると、少し笑ったクラウスがまた額にキスをくれた。

 うとうとと再び微睡みだすエレオノーラの旋毛にも、クラウスは口づける。

「きょう、やさしい……」

 彼女が呟くと、また新聞を捲る音。

 朝の光がゆっくりと角度を変えていくが、この温かく心地よい腕の中から出るのはエレオノーラには難しそうだ。何せ、彼女の夫は明け方まで寝かせてはくれなかったのだから。

 とろりとした紺碧の瞳が、なんとか起きておこうと苦心して視線だけで紙面をなぞる。彼女もクラウスに付き合って新聞を読むことが増えたので、昨日まで追っていた記事の流れを見遣った。

 政治の動き、遠くの国で起きた暴動、国境で起こっていた戦が勝利により終結したという知らせ。

「……まぁ、祝いだ」

「んー?終戦の?小隊長の騎士の方が大活躍なさったようね」

 記事を見ていたエレオノーラは、次の彼の言葉で顔を上げる。

「今日はお前の誕生日だろう」

「え、誕生日だけ優しいの?」

「年に一度ぐらいが丁度よかろう」

 クラウスがにべもなく言うと、彼女はちょっと考え込む。

 傍から見れば、クラウスはこの上もない程エレオノーラに優しいのだが、彼女としてはクラウスは普段は口煩くて厳しい、と思っているのだ。

「……じゃあ、今日はこのまま二人でごろごろしよ?最近クラウス忙しくて夜帰ってくるの遅かったし」

 まさに今日この日を一日開ける為にクラウスは忙しかったのだが、エレオノーラは当然気づいていない。彼女がそうしよう!ね?ね?と彼に強請るのは、クラウスを休ませたくて心配してのことなのだろう。

 勿論多忙な彼に放っておかれて寂しかった為に甘えたい、という気持ちもあるのだろうけれど。

「いいのか?流行りの芝居のチケットを取ってもいいんだぞ。確か植物園にも行きたいとも言っていただろう」

 クラウスが片眉を上げて言うと、エレオノーラは彼の手を自分の頬に当てて微笑む。


「……あなたと一緒にいられるなら、どこにも行かなくても私はとても幸せよ。旦那様」

 その言葉に、クラウスは面映ゆい気持ちになって目を細めた。


「ああ、私もだ」


 親指の腹でエレオノーラの唇を撫でる。

 そうして、クラウスは万感の思いを込めてキスを贈った。



 エレオノーラが幸せであるならば、当然クラウスも幸福であるのだから。

 そして、彼女の最も近くにいるのが自分であるのならば、尚のことこの上もなく。





これにて、レディ・エレオノーラとエメラルドの首飾り、完結です!

読んでいただいてありがとうございました!楽しんでいただけましたか?感想などいただけると飛び上がって喜びます!

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