14.犯人
その後は進展もなく時間は過ぎ、やきもきしつつエレオノーラはその夜の夜会に臨んでいた。
昨夜は前夜祭だった為、今夜の方が出席者は多く、人の多さに彼女は溜息をついた。
「……これは……姉様の件がなければあのまま帰宅していた方がよかったかも」
クラウスは黙って頷く。二人は料理の皿が並ぶテーブルの用意された部屋におり、そこのソファ席で並んで食事を摂っていた。
夜会で腰を据えて料理を食べる者は稀なので、こちらは比較的閑散としている。
「このチーズケーキ美味しい……クラウスも食べる?」
「いらん」
先程からクラウスが酒ばかり飲んでいる為心配しての言葉だったが、あっさりと断られてエレオノーラは唇を尖らせる。
「美味しいのに」
「ん……」
フォークで一口掬い、彼の口元に持っていくと渋々食べた。
「ね?」
「甘い」
「我儘……」
「嗜好と我儘を履き違えるのは感心せんな」
そこに、クラウスを探してブルーノが部屋に入ってきた。彼はエレオノーラを見てすぐさま彼女の元に跪く。
「ああ、エレオノーラ様!今夜も月の女神のようにお美しい……!」
「減る」
「もはやそれしか言ってくんないのかよ!」
ブルーノが叫ぶが、クラウスはそっぽを向いてシャンパンのグラスに口をつけた。
「まぁ挨拶はこの辺にして……クラウス、珍しくガードランド卿が来てる。この前の交易の話、するだろ?」
滅多に社交界に顔を出さない人物の名を告げられて、クラウスはようやくブルーノの顔を見る。が、すぐにエレオノーラの方を見た。
「……私はここで待ってるわ」
「信用ならん」
彼女が微笑んで言ったがクラウスににべもなく返され、エレオノーラは顔を顰める。
「さすがに酷い」
「長年の経験に基づく考察の結果だ」
「…………分かった。じゃあオルガに迎えに来てもらって、部屋に帰るわ。それならいいでしょう?」
しばらくクラウスは無言でエレオノーラを眺めていたが、ようやく及第点が出たらしく納得してくれた。
その後、迎えにきてくれたオルガを伴ってエレオノーラは人気の少ない廊下を進む。
まだ夜会は中盤、といった時間なので部屋に帰る客は稀なのだろう。各所に配置された使用人以外は、時折行き交う客に会釈をする程度だ。
エレオノーラは表面上はにこやかに微笑みつつ、内心ではずっと首飾りを盗んだ犯人の目的を考えていた。
フィオレンティーナの部屋に、犯人である臨時雇いのメイドが向かうようにすることは可能だ。そこで首飾りを盗むことも。
けれどその後拘束されているメイドは今だ黙秘を続けていて、もう一人の犯人が彼女を助けにくる素振りもないらしい。
主催の公爵は他ならぬフィオレンティーナ自身の要請でまだ盗みの件は王城に報告していないそうだが、夜会の終わる明日になれば叱責覚悟できちんと報告するだろう。
そうなれば、本来の捜査機関である警察が捜査を開始するし、メイドとて黙秘を続けていたところで無罪になれるわけがない。
共犯者を見捨てるつもりだろうか?それとも、メイドは利用されただけ?
そもそも、売りさばくには不向きな国宝級のエメラルドの首飾りを盗んだことも引っかかる。
転売目的ならば、フィオレンティーナはもっと手頃で出所の分かり難い宝飾も多く持っていた筈だ。エメラルドの首飾りはフィオレンティーナが最も大切にしている宝飾。
それを盗むとすれば、交渉のカードとして使うと考えるのが自然だろう。
けれどフィオレンティーナも、夫であるラザールも犯人から何の接触もなく屋敷を去った。明日にはこの件は明るみに出る、何某かの交渉に使うなら明日以降では意味がない筈なのだ。
と、オルガがエレオノーラの前に立ったので不思議に思って彼女は顔を上げた。
すると、廊下の先には見覚えのない男が立っていて、彼はエレオノーラの姿を認めるとにこやかに近づいてくる。
いつの間にか最上階に来ており、本来であればこの階に宿泊している客しかいない筈の廊下だ。けれど、エレオノーラの知る最上階の宿泊客の誰とも違った。
「こんばんは、エレオノーラ様」
誰とも知らぬ男に声を掛けられて、エレオノーラの表情が抜け落ちる。
侯爵令嬢である彼女に先に声を掛けることの出来る身分の者は国内には限られていて、名乗りもせずに親し気に彼女の名を呼ぶ男に何か反応を返すことは、侯爵家自体が侮られる可能性があった。
オルガが美しい所作で礼をして、彼に向き合う。
「失礼ですが、あなたは」
「ああ、俺はロイド・ワーグナー。ナクトル男爵家の次男で、ここにはマジョレー伯爵夫人のパートナーとして招待されている」
緑がかった黒髪に薄い灰色の瞳、背はクラウスの方が高そうだががっしりとした体躯に仕立てのよいスーツがよく似合う。
彼自身、自分の魅力の使い方をよく心得ているのだろう、見せつけるように微笑みかけられてエレオノーラは内心で眉を細めた。
何も持たないエレオノーラを侮るのは、正直仕方がないと思う。けれど、彼女は今この屋敷には侯爵家の名代として訪れているのだ、彼女に礼儀を払わないことは、侯爵家に礼儀を払わないことと同義だ。
「失礼いたしますわ、ワーグナー様」
エレオノーラは、目を伏せてロイドの横をすり抜けようとする。が、彼女の細い腕をロイドが掴んだ。
「ッ!」
ゾッとして、エレオノーラは声にならない悲鳴を上げる。すぐにオルガがロイドの腕を外し、関節をきめて彼を拘束した。
「ワーグナー卿。お嬢様への無礼は謹んでください」
「いてぇ!分かったよ、離せよメイド!」
オルガは侍女であってメイドではないのだが、ロイドに違いは分からなかったらしい。
エレオノーラが十分に距離をとったことを確認して、オルガは彼を解放する。
「……忠告で済むのは一度だけです。ワーグナー様」
内心では恐怖に震えていたけれど、エレオノーラは精一杯の虚勢で毅然とした態度を貫き、オルガに守られながら廊下を後にした。
部屋に入ると、その場に蹲る。
「お嬢様」
オルガが覆い被さるように抱きしめてくれたので、そのぬくもりに縋ってしまう。
「……クラウスのこと、心配性だなんて揶揄った罰かしら」
「お嬢様に罰を与えるものは、神であろうとこのオルガが投げ飛ばしてさしあげます」
「頼もしいわ」
オルガらしい言葉に、エレオノーラはほぅ、と吐息をつく。
「クラウス様をお呼びしますか」
「…………心配を掛けてしまうでしょうけれど、伝えておいた方がいいわよね」
エレオノーラは少し考えて、頷く。
オルガがメイドを呼び、クラウスを探すように伝えている間に立ち上がったエレオノーラは、ドレスの袖に小さな紙片が織り込まれているのに気づいて眉を顰めた。
そっと開くと、彼女は目を見開く。
「では至急シルバ子爵を……」
「待ってオルガ」
震える手を握りしめて、エレオノーラはオルガを止めた。
「クラウスを、呼びに行かないで」




