13.昼のかたらい
午前中いっぱいは仕事をこなしたクラウスは、エレオノーラと共にバルコニーにセットされたテーブルについて昼食を摂っていた。
昼食こそは、階下でレストランのシェフの料理を戴きたかった彼女はちょっと唇を尖らせる。
食事を終え、残った白ワインのグラスを揺らしてクラウスは眉を寄せた。エレオノーラはアルコールが苦手なのでレモネードのゴブレットを両手で持っている。
「再度言っておくが、この推論には探せばいくらでも穴がある。私が説明するのは、限られた条件の中で最も可能性が高い推論、というだけだ」
「穴……例えばさっき言っていた、犯人が複数のグループで使用人達が部屋を捜索している間は首飾りの所在を常に変えていたり、とか?」
「そうだ。もしくは出入りの業者が既に持ち出している場合。どちらも、使用人同士、もしくは業者と使用人が密接に繋がっている必要がある、公爵家の方で把握している身元内容ではそういった関係は出てきていないようだが、長い時間を掛けて計画していたとしたら、関係を隠すことも可能だろう」
「確かに。持ち出すルートとか、綿密に用意されていたらお手上げね」
エレオノーラの困ったように眉を寄せると、クラウスは頷く。
「不確定要素が多いので、複数犯人説はあまり現実的ではないが」
「?」
「人数が多いとボロがでやすい。公爵家の正規の使用人達が見逃すとは思えん」
それでも少し苦々し気にしているのは、クラウスは常にあらゆる可能性を考えるタイプなので、不確定である状態で話を進めるのが気持ち悪いのだろう。
きっと時間と人員を割くことが出来るのならば、一分の無駄もなく解決しうるのだろうに、とても歯がゆいのだ。
「それで……犯人は最少人数の二人の可能性が高いということなのね……」
「……首飾りがまだこの屋敷内にあるという前提で考えるとして。屋敷の者の調べで、現在判明している犯人はメイド一人。事件発覚が早かったので、メイドは実際使用人棟に戻ってすぐフィオの部屋に呼び戻されている。その間、他の使用人はまだしも、他の招待客に会う時間はなかった」
「えっと……他の階の招待客に会って、首飾りを渡す時間はなかった、てこと……?」
クラウスは出来の悪い生徒を見守るような視線をエレオノーラに向ける。
「……でもメイドは首飾りを持っていないんだから、誰かには渡してる……最上階から使用人用の通路…そこからまた最上階へ……誰かに渡せる機会は……」
理解して、エレオノーラの紺碧の瞳が見開く。少し青ざめた彼女は、顔を上げてクラウスを見つめた。ゆるりと彼が頷くと、彼女は信じられないと言った様子で口を開いた。
「……この最上階にいる客の誰かが、姉様の首飾りを持っているの……?」
ショックを受けたエレオノーラは立ち上がり、クラウスに助けを求めるように手を伸ばす。すぐに彼の方からも手を伸ばし、華奢な体を抱きしめた。
「落ち着け、エリィ」
「だって……」
ぶるりと震えて、彼女は口元に手を当てる。
「フラガ将軍、マジョレー伯爵夫人、ユークリッド辺境伯……私たちの他にこの最上階に滞在してらっしゃる方は、皆お知り合いだわ。姉様とも。そんな方の誰かが、姉様の困ることをなさるの……?」
「彼らの連れている使用人、という線もある。落ち着けと言っているだろう」
と言いつつも、客の使用人が大公妃の首飾りを盗むリスクを冒すとは、動機の線からも考えにくい。顔の見えない犯人について考えるのは平気でも、顔見知りかもれない、と考えることは、エレオノーラには辛かったらしい。
今彼女が名をあげたのは今もこの最上階に滞在している上級貴族達で、それ故に幼い頃からエレオノーラやクラウスと親交のある者ばかりだ。
「国際問題になるかもしれないのに……そんなこと……」
悲しげに呟くエレオノーラを慰めながら、むしろ、とクラウスは考える。
犯人の候補は最上階の客、という点には絞れたが、ここから更に限定する為の材料がもうないのだ。
しかも相手はそれぞれ老獪で一癖も二癖もある上級貴族ばかり。下手な探りも入れられない。
すると、ずっと黙って壁際に控えていたオルガが口を開く。
「薬を嗅がせて締めあげましょうか」
「却下だ」
「大丈夫です、記憶が曖昧になるヤツが……」
「くどい」
クラウスは即実行しそうな侍女を疑うような眼差しで睨む。エレオノーラも慌ててオルガの方を向いた。この侍女のいいところは決断力と行動力のある点なのだ。
「ダメよ、オルガ!相手が卑怯だからってこちらも卑怯な手段を用いては、同じ位置まで己を下げることになるわ」
「さすがお嬢様です、天使のごとき気高さですね」
「待て。問題はそこじゃない」
クラウスは頭痛に呻く。
と、そこにノックの音が響く。
オルガが渋々対応に出て、部屋に入ってきたのはマルクだった。
「ただいま戻りました」
「早かったな」
時計を確認して、クラウスは感心する。確かに急げとは言ったが。
「それもう……」
マルクはにこにこと嬉しそうだ。クラウスに心酔している彼は、主人の望みをよく理解していて、今回のエレオノーラとの婚約は彼自身にとっても大きな喜びなのだ。
「それで……婚約証明書なのですが……」
「ああ」
クラウスはエレオノーラの腰を抱いて部屋の中に入り、そのままソファに座る。ぴったりとくっつくことになった彼女は恥じらいつつも嬉しそうだ。
先程のショックを上手く和らげることが出来たようで、クラウスはマルクに感謝した。
が。
「……教会にて発行していただいたのですが、その後ご報告に参りましたウェルシュ侯爵邸にて……宰相閣下に奪われました……」
「あ?」
ぴくり、とクラウスの肩眉が上がった。その横で、エレオノーラは驚く。
「父様に?」
「はい……その……婚約の証人は自分がするので、明日必ず屋敷に来るように、と……あと、バノーラ侯爵様も自分が証人をしたいと仰せで……」
婚約証明書は、本人達のサインと証人のサインが必要だ。通常は家族や上司などに頼むものだが、本人達以外ならば誰であろうと問題はない。マルクかオルガに頼むつもりだったクラウスは、顔を顰める。
「全く、あの方々は……」
婚約、結婚自体には賛成なものの、証人にはなりたいらしい。ちなみに証人サイン欄には二人まで記入可能だ。
「ふふ、アルバートおじ様と父様が証人になってくださるのね?なんだか大ごとのようだわ」
「侯爵家同士の婚姻ですから、王族なみの大ごとですよ、お嬢様」
マルクはすぐに立ち直ってにこにことした笑顔を再開する。
「……分かった、明日ウェルシュ侯爵邸を訪問する旨を手紙にしたためておく」
「あ、私も!私も連名にしていい?」
ぱっ、と顔を上げたエレオノーラが強請る。自分の意思でもあると示しておきたいのだ。
「ああ」
クラウスは僅かに笑って、彼女の肩を抱き寄せるとこめかみに唇をあてた。ぽん!と音が出そうなほど急速にエレオノーラの顔が赤く染まる。
「キスした!」
「婚約者だからな」
「そっか……」
ほぅ、と溜息をついたエレオノーラは、赤くなった頬に手で触れてほんのりと笑う。
これまでもクラウスは時折、こうして挨拶のように軽いキスをエレオノーラに贈ることがあった。家族ならば、もしくは二人が子供ならば問題のない接触だが、年頃の男女となると少し親密すぎる。
その為、思わずキスを返したくなっても彼女は、彼女なりに己を自重していたのだ。淑女として教育されたエレオノーラは、クラウスの大胆さが時に憎たらしかった。
「……もう我慢しなくていいのね」
「やはり今すぐ帰るか」
婚約者のあまりの愛らしさに、クラウスが再び立ち上がろうとしたがエレオノーラに抱き着かれて、阻止された。




