12.落花流水
ぽろり、と言葉と共にエレオノーラの紺碧の瞳から涙が零れ落ちる。
陽の光に透けて、彼女の潤んだ瞳が輝いて光を放つ。それこそ、国宝級の宝石でも、この尊さには敵わないだろう。
「もう一度」
「え?」
「もう一度言ってくれ。夢ではないと、私に知らしめてほしい」
いかにもクラウスらしい物言いに、彼女はつい笑ってしまう。キスをされた手を持ち上げると、彼の手をとって自分の頬に当てエレオノーラはとろけそうなほど甘い笑みを浮かべた。
「……愛しているわ、クラウス」
「わかった」
クラウスは至極冷静な声でそう言うと、手を繋いだまま立ち上がり、彼女の目の前に跪いた。
「クラウス?」
きょとん、と瞳を瞬く彼女に、クラウスは真面目な顔で言う。
「エレオノーラ・ヴォルンテール。侯爵の後継としての私は領民の為に全て捧げると決めている。けれど、私人としての私は、全てお前に捧げると誓おう。だからどうか、私と結婚してくれ」
彼の金の髪が光を反射し、紅茶色の瞳の奥が深い色合いを帯びる。
整った顔立ちは、見慣れたものの筈なのにまるで知らない人のように見えてとても不思議だ。こんなにも美しい人に、愛を告げられ、そして求婚されている。
「け……こん……」
ぽかん、と唇を僅かに開き、彼女は慄く。
「あの、そんな……早くないかしら」
「何故?時間なら掛けすぎる程掛けた」
気を引くように、クラウスは小さな手を引いた。
「ええと、でも普通婚約して、しばらくはお互いを知る為に時間を……」
「これ以上互いのことについて知ることがあるか?」
二人は幼馴染だ。パーソナルデータは勿論日々の細かいことまでエレオノーラは彼に報告する癖がついている。クラウスの方も、差しさわりのないことは大抵エレオノーラに知らせてくれていた。
「……クラウスに内緒にしていることもちゃんとあるもの」
「それは興味深い。だがそれはおいおい暴く。今は一刻も早く確約が欲しい」
「確約?」
エレオノーラが首を傾げると、彼は頷く。
「お前が私のものだという確約。私が、お前のものだという確約が」
「……クラウスが私のもの?」
「お前が私のものになるのなら、だ」
「分かった。結婚する」
エレオノーラがはっきりと言った為、正直クラウスは驚いた。
「いいんだな?後で取り消すことは許さんぞ」
「分かってる。私……誰にもクラウスを渡したくないから……クラウスと一緒にいる、理由が欲しい」
何かあったな、とクラウスは勘づくが、それによって彼女の意識を誘発出来たのは僥倖だ。今は不問としよう。
「クラウス……」
今度は彼女の方から気を引くように手を引かれ、クラウスは改めてエレオノーラを見上げた。
エレオノーラは恥じらいつつ、けれど真っ直ぐに彼を見つめて言う。
「私を、クラウスのお嫁さんにしてください」
「承知した」
「お、おめでとうございます、クラウス様ぁ~!!」
主人の後ろから少し距離をとって付き従っていたマルクが小声で叫び、泣き落ちそうになっているのをオルガは冷たい瞳で睥睨する。 お嬢様の決定に異を唱える気はないが、気に食わないことは確かだ。
エレオノーラがこれほどまで純粋なまま育ったのはクラウスの功績だろうが、それを彼自身の為に誘導していたことは確かだ。まんまと愛しいお嬢様を手に入れたクラウスに対して、つい恨みがましい目を向けてしまうことだけは、仕方がない。
クラウスに言わせれば、誘導したのは事実だが、思い通りになるエレオノーラではなかった、と言い訳するのだろうけれど。
立ち上がったクラウスは、再度エレオノーラの隣に座り照れる彼女の腰を抱き寄せた。
「よし。では、マルク」
「はっ!」
「至急両家に通達を。それから婚約誓約書の手配を教会に、大聖堂の者には貸しがあるので最速で準備させろ」
「かしこまりました」
さっ、とマルクが立ち去るのを見て、エレオノーラはまた目を瞬く。
「今から?」
「そうだ。私は一刻も早くと言った筈だ」
「言ってた……!そっか……早い……!」
エレオノーラは両手で頬を覆って感心する。
「お前は何か要望があるか?」
「……え?えっと、えーと。デートをしたいです!」
「今更か?共に出掛けることなぞ珍しくもなかろう」
「それは幼馴染のクラウスとでしょう?婚約者で、こ、恋人のクラウスとは、初めてよ」
真剣に言いつのるエレオノーラの言葉に、僅かにクラウスが笑った。
「分かった。時間を作ろう」
「やった!約束」
歓声をあげたエレオノーラは頬を紅潮させて、どれほど楽しみかをクラウスに話す。
彼女とて年頃の令嬢。流行りの恋物語や友人の令嬢達から聞いた恋人との逢瀬の話に胸をときめかせていたのだ。
「街に買い物とかにも一緒に行ける?」
「ああ」
「レストランも行きたい!」
「……行ったことがなかったか?」
こくこくとエレオノーラが頷くと、クラウスは溜息をついた。過保護にしていたのはクラウスだけではないのは知っていたが、ここまでとは。
今までは幼馴染の立場であった為制約が多かったが、今からは誰憚ることなくエレオノーラと過ごすことが出来る。
「構わん。これから行きたいところにはたくさん連れて行ってやろう」
「嬉しい。クラウス、大好き!」
現金なものだ、と思うが、エレオノーラのこの輝くような笑顔を見ることが、クラウスは好きだった。ずっと。




