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レディ・エレオノーラ〜箱入り侯爵令嬢のまったく優雅ではない恋愛譚〜  作者: 林檎
レディ・エレオノーラとエメラルドの首飾り~眠れる獅子な侯爵令息が本気を出した場合~
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10.朝食と散歩、そして謎解き

 




 約束の時間ギリギリに大公の滞在している部屋に行くと、大公夫妻は気にした様子もなく温かく二人を受け入れてくれた。

 朝食は豪華なもので、エレオノーラとフィオレンティーナは相談しつつ違うメニューを選び、二人でシェアして食べるなどして仲睦まじく過ごす。食後の温かな紅茶はエレオノーラの身も心も解してくれたが、改めて大公であるラザールを見ると、首飾りの調査に関して身の引き締まる思いだった。


 食事があらかた終わり、窓からリスのいる木が見える、と言うのでエレオノーラとラザールが共に窓辺に噛り付いているのを、クラウスとフィオレンティーナは席に座ったまま眺めやる。

「……エリィから、聞いたかしら?」

「ああ。私を巻き込むな、いい迷惑だ」

「正確にはあなたを巻き込んだのはエリィよ」

 フィオレンティーナはフフン、と笑う。そんな彼女をクラウスが睨みつけると彼女は蠱惑的な唇をにんまりと吊り上げた。

「相変わらずエリィにだけ甘いのね。それにしても、そろそろ婚約ぐらいはしてるかと思ったのに……意外と意気地がないのね、シルバ子爵?」

 軽く揶揄されても、クラウスはしれっとしている。揶揄い甲斐のない男なのだ。

「うちの両親もあなたの両親も認めているのでしょう?さっさと掴まえておかないと、横から掻っ攫われて泣きを見ることになっても知らないわよ」

 フィオレンティーナの忠告に、クラウスは僅かに唇を歪めて笑う。

「有り得ん」

「……本当に可愛くない男ね」

「そうでもない、私は存外可愛げのある男だぞ。何せ今は……悋気を味わっている」

 先程の応接室での一幕を、クラウスはあの時の感情を味わうように記憶に上らせる。


 ユリアナが話しかけてくる前から、エレオノーラがいることには気付いていた。何せ彼女は目立つ。部屋に入って来た時から自然と皆の視線がそちらに向いていたのだ。

 声を掛けられるのを待っていると、ユリアナの方が先に来て話を始めた。それでも当然クラウスの意識はエレオノーラの方に向いていたのだが、何故か突然様子が変わったのでそちらを見て、珍しく彼も驚いた。


 エレオノーラが辛そうに顔を顰めていたのだ。


 今更クラウスが令嬢と話すだけで何故そうなったのかは疑問だったが、彼女の美しい顔に現れていた感情は間違いなく嫉妬だった。

 故につい加減を間違えてしまい、エレオノーラをその後撫でまわしてしまったのは、愛嬌の範囲内だとクラウスは断じている。

「……おお、怖い。エリィを悲しませるようなことをしたら、わたくしが許さなくってよ」

 姉が厳しい口調で言うと、クラウスは恥ずかし気もなく言い放った。

「それも有り得んな。私ほどあれを大切にしている者もおるまいよ」

「それはわたくしへの挑戦かしら、クラウス・バッファ」

 妹を溺愛していることには多大な自負のあるフィオレンティーナが、視線を鋭くさせる。

「単なる事実だ」

 不遜な様子で言われて、フィオレンティーナは形だけ腹をたててみせた。けれど実際、クラウスのエレオノーラに対する溺愛と献身は姉のフィオレンティーナからしても驚く程ではあるのだ。

「……どうしてあなたってそんなにエリィのことが好きなのかしらね」

 彼女が純粋に疑問に思って訊ねる。

 勿論、エレオノーラは魅力的な女性だし、フィオレンティーナの身内の欲目を抜きにしてもとても好感の持てる令嬢だと思う。けれど、貴族の男の中でも一等身分が高く、美しく才気に溢れ、王女にすら望めば手の届きそうな彼がここまで執心する理由には、決定力に欠ける気がするのだ。

 クラウスは窓辺に佇むエレオノーラの背を眺めながら、口を開いた。

「愚問だ。人を愛することに、理屈づけが必要か?」


「……それはそれは……野暮なことを聞いたわ。あなたにもちゃんと可愛いところがあるのね」

 フィオレンティーナが僅かに笑みを含んで言うと、彼は瞼を伏せて面白くもなさそうに肩を竦めた。

「言っただろう?私は可愛げのある男だ」







 王城へ向かう大公夫妻に別れの挨拶をして、そのまま部屋には戻らずにエレオノーラとクラウスは屋敷に隣接する森を散歩する。

 領地の別邸、というわけではなくあくまで王都郊外の屋敷なので昼間の貴族の楽しみである狩猟をすることは出来ない。

 代わりに楽団や芸術家などが大勢呼ばれていて、そこここの小ホールで滞在する客達を楽しませていた。そしていくつものテーブルが令嬢達によって囲まれ、さながら小さな茶会があちこちで開催されているかのように華やかな光景が繰り広げられている。

 とはいえ、王都には馬車で1時間程で帰ることが出来る距離なので昼間は一旦戻って仕事などをこなし、夜に再び戻ってくる者もいるようだ。


「もし、あの中に姉様の首飾りを盗んだ犯人がいて、もう首飾りは屋敷の外へ持ち出されてしまっていたら、どうしよう……」

 行き来の激しい門の辺りを見て、エレオノーラは不安そうに呟く。

「その可能性はなくはないが……」

 クラウスの言葉に、彼女はますます顔を曇らせた。ぴたりと足も止まってしまう。

「落ち着け、エリィ。我々に課せられたのは、この限られた場で最善を尽くすことだ」

「……うん」

「タイムリミットまでの捜索は完全にフィオの我儘だ。本来ならばこれはノーウッド大公から我が国に正式な抗議があってしかるべき大事で、それをこの二日で解決出来るとはフィオとて思ってはおらぬ筈だ」

「…………うん」

 さらに萎れてしまった美しい花を、クラウスはそのままにはしておかない。


「とはいえ、解決の糸口がないこともない、のだがな」

「!ほんとう?」

 ぱっ、とエレオノーラが顔を上げる。

 クラウスは僅かに微笑んで、彼女の手を取って歩みを再開した。

「まずこちらの動員出来る人数が少なく、一つ一つの情報の正誤を精査する時間はない。その為、他者から齎された限定条件を一旦正と仮定して話を進める」

「はい……?」

 あまり分かっていないな、と察しつつクラウスは話を続ける。

「……つまり、身体検査と各部屋の捜索の結果、使用人らは現在首飾りを保有していない、とする」

「あ、うん」

「複数の使用人ないし貴族が犯人で、首飾りの所在が点々としていては我々にはもはや手の打ちようがないからな。……だが恐らく、犯人は二人。一人は昨夜のうちに絞り込まれた、臨時雇いのメイドだ」

 カサッ!と音がして視線を向けると、木陰の先をリスが走り去るのが見えて一瞬エレオノーラの意識はそちらに向く。が、クラウスがエスコートする腕を揺らすと、彼女は慌てて彼に意識を戻した。

「え、えっと、どうして二人だと分かるの?」

「……これも不確定の限定条件になるが、他の臨時雇いのメイド同士に面識はない。そして、元々この屋敷に勤めるメイド達は公爵家に仕える者だけあって、大公妃の持ち物を盗むなどという不敬をするとは考えにくい」

 主催のノストン公爵は、王戚だ。メイドとはいえ身元の不確かな者はそもそも雇い入れられることがない。

 その点では今回の臨時雇いのメイド達も同様の筈だが、恒常的に屋敷に勤めるメイドと臨時の者では、矜持と意識が違うのは明白だろう。


 ふと、張り出した木の根が道を遮っているのが見えて、エレオノーラは道を引き返すべきか悩む。昼間用の軽やかなドレス姿だが、人目のあるこの場所で淑女として木の根を跨ぐ、などということは出来ない。

 けれどクラウスは話続けたまま、ひょい、と彼女の腰を抱いて持ち上げ難なく根の上を通過させた。

「クラウス……!」

「ああ、すまぬ。声を掛けてからすべきだったな」

「ううん、そうじゃなくて」

 喋っていたので断りなく彼女を持ち上げてしまった。

 配慮が足らなかったか、と詫びる彼に、エレオノーラは首を振る。今更その程度のことで抗議しようとは彼女も思っていない。

「クラウス力持ちね……!」

「……お前が軽すぎるんだ」

「ええ、お嬢様は羽のように軽いですよ」

 オルガが横から口を挟んできた。有事の際、主を抱えて逃げるのはこの侍女の役目なのでよく知っているのだ。

 そう?とエレオノーラは首を傾げたが、前言撤回して重い、などと言われたら年頃の乙女として立ち直れなくなるので、賢明にもこの話はここまでにしておく。

「……話を戻すぞ」

「はい!」






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