1章 シュヴァン城 3
「どうだ、あにきは無事か?」
思い出して、聞いてみる。寝台よりもう動けない身という話であった。あにきのことを考えるとき、おれはいつも無意識にあごの傷に触れている。3才だったか、4才のころか。何が原因だったかはもう分からない。手近の燭台であにきがおれをぶちのめしたのだ。おれの誕生記念に作られた12本揃いだった燭台は、可哀相に天使の飾りがとれてしまって、直しようがないというので1本鋳つぶされた。ちょっとのことで弟をどつき回す兄王子と、なにがあったかも言えずにただおびえてぴいぴい泣くだけの弟王子と。周囲の大人達はその頃既に、この王子達はやばいと感じ始めていたことだろう。
「王宮はさすがに近衛が詰めておりますから。
摂政宮は落ちたようにございます」
レオノーレは静かに答えた。そう思って聞くと、風上から切れ切れに鬨の声が上がっているようでもある。
「べつにたいして高価いものも置いてないしな。みんな逃げたかな?」
オストブルクの南の外れ、ただそのまま「ちっちゃいほうの宮」と呼ばれたおれの宮殿は、王妃の輿入れに際して宮殿において邪魔と取りかたづけられた調度品などがごちゃ混ぜに突っ込まれていて、おれが見てもなにか不統一だった。家具や美術品を壊し、奪って気が晴れるならそうしてもらえばいい。あにきのせいで失われた人命や名誉、健康には、補いがつかないのだから。
「召し使う者たちは逃げおおせたように報告が入っております。
衛士たちは多少の怪我はあったものの、重傷はひとり、ひと死にまでは出ておりません」
「うん、良かった。あにきを引きずり出して処刑して気が済むならそれで収めて貰いたいもんだがな」
「ひとの耳のあるところではおよし下さい。……お取り巻きのラレンタンド侯爵様のお屋敷が焼かれました。例の病で療養中のご子息はおそらくは」
レオノーレは静かに言った。
「そうか」
身内としての親しみすらも、おれはあのあにきには持っていなかった。その取り巻きにも。あごの傷は小さいが、思ったより深かったようだ。おれはまだそこを撫でていた。