1章 シュヴァン城 2
桃花斑について
最初は、桃の花のような薄赤いしみが皮膚に生じる。それは、色事の名残のような。微熱が続き、節々が痛む。それも、過ぎた色事の報いのようで、あまり口に出せないでいるうちに、症状は進む。
2年のうちに黒いできものが身体のそこここにできて、肥大してゆく。ついには脳に毒が回り狂い死にに至る。
「桃花斑」。
慎ましい生活を守っているものはかからない。神の定めたもうた相手とではなく、浮かれ女とほしいままにみだらな行いをしたものだけがかかる病であった。治すすべはない。世の風紀の乱れを憂えた天なる主より下された罰であると教会は認定した。
よりにもよって、その恥の象徴である病に、国王アレクサンデル3世は倒れたのだ。
金髪碧眼、容姿端麗の絵物語から出てきたような完璧な王子は下半身が奔放だった。15でその道の指導を受けた後は下は12~3、上は40近くまで、宮廷じゅうの花をさんざん喰い散らかした挙げ句、怪しげな所にも出入りしてやばい病気を貰ってきたのだ。
もちろん、18の時に西の大国から嫁いできた王妃にも伝染して、せっかく授かった世継ぎの王子は死産。取り巻き連中から、手を付けた宮廷の令嬢、夫人たち、果てにはその夫までことごとく病に倒れ、事態に呆れ怒り見放したまともな諸侯は領地に帰って、今、宮廷は不名誉な空白状態にある。
今、年頃で身を清く健康に保っている娘と言ったら、早々に口説かれたのを手厳しくはねつけ、南方へ「左遷」されたヴェレ伯爵家の姫騎士クリスティーナと、恐ろしい親父が見張っている上に痩せて分厚い眼鏡で顔を覆っていたレオノーレぐらいとおれはみている。
どうすんのよこの先。
それだけではない。
「黒百合の旗印の伯爵」。
亡き妻の忘れ形見、文字通り掌中の玉と慈しんできた娘が、手込め同然に操を奪われうち捨てられただけでは済まずに、体中腐り落ちるという未来を悲観して自害したと申し立てて、シュヴァルツリーリエ伯爵ベルンハルトが挙兵したと聞いたときにはもう進退窮まったと思った。
令嬢コンスタンツェは、ただ容姿が愛らしく立ち居がたおやかで気性が優しいだけでなく、器楽にダンスに刺繍にとおよそおなごの嗜みといえるもの全てに秀でていて、乙女の中の乙女、大国リースの王子に嫁いでも見劣りしないとさえ言われていた、我が国第一の令嬢だった。噂を聞いて、おれ達も、怒りと悲しみに赤くなったり青くなったり、クリスが義憤に当たり散らしてそれをたしなめるフランツと喧嘩になったりした。近衛の兵どもにはかの令嬢を慕う会があったとかで、ひとときは毎夜兵舎から悲憤の唸りごえがきこえたものだった。
やっておられぬと、王を見限って軍を抜け出すものも少なからず出ていたと聞く。
もっともと思うだけに鎮圧する方も勢いがない。
強いて駆りあつめようにも軍の上層部も将軍シュメルツをはじめまともに動けるものがいない。おまけに、10年前の大戦のせいでもともと中堅を担う人材が育っていなかった。
気楽な次男坊だった筈のおれ、ジークフリート王子は一気に人生最大の危機に直面している。
想像がつくかもしれませんがここは架空の病気ということでお願いします。
性行為で感染する不治の病くらいで。
普通にしている分にはうつらない、そんなものがうつる、流行るだけで不名誉ッな病気です。
2020年のこの状態では不謹慎かもしれませんが、コロナとは別の病気です。