序章 オストブルク市街
レオノーレの家は辺境伯、最後に編入された北部諸州を治めるための特に選ばれた武門の家だ。女ながら幼い頃から馬は仕込まれている。今もドレスのままで真正面から跨る男乗りで疾走している。
剣はたいしたことはないが、チェスや模擬戦の指揮ではおれはとうていかなわない。2歳年上のフランツとも五分で渡り合っている。
砲術が好きで訓練の時にはもうよっつの目をきらんきらんさせていて……。
「おい、どこへ行く?」
地下道の出口は木が鬱蒼としておってどこなのか見当がつかなかった。
「舌を噛みますよ」
小癪なめがねっこはそう言ってさらに馬を馳せた。おれも黙ってそれに従った。
途中、伏せてあった者共が斬りかかってきたが、追いついてきた護衛が全て斬り伏せた。
「ほほほ! 我らは替え玉。本当の王子様はただいま春の街道を経てミューニクはヴェレ伯のもとまで落ち延びられたはず!
そなたら無駄死によな!」
レオノーレったら余計な小芝居までして。
これで、首尾を確かめようと潜んでいたものがいても、おれが南へ逃れたと多少は思うことだろう。
顔を覆い直すとおれたちはさっさと馬を返して目的地へと急いだ。
「おまえ根性悪いな」
馬を並べて言ってやる。
「目的のためには敢えて偽情報も流すは、乙女の手管にございます」
優等生は済まして言ってのけた。
「おなごは嘘つきってことだよな?」
「短絡なされては困ります」
それでも多少は回り道をして尾行を避けて、しばらく駆けるうちに、見覚えのある櫓が見えてきた。
振り返って見ると、オストブルクの街は不気味に抑えたうなり声が響いており、だれの屋敷が襲われたのか、ぼうっと天を焦がす火がそこここで上がっていた。
ジークフリート王子の冒険の始まり。
ここまでの登場人物
ジークフリート王子 あたまが残念な王子
レオノーレ めがねっこ
フィリップ 侍従
アレキサンデル3世 現国王でジークの兄