序章 オストブルク レゲンデ・パラストの地下通路 <回想>
あにきに王子が産まれるまでの暫定とはいえ、法定王位相続人だ、おれの教育は結構配慮されてた。王族、有力貴族から選りすぐられた男女5人が推挙された。センデ公子フランツ、ウルシュベルク辺境伯令嬢レオノーレ、ヴェレ伯令嬢クリスティーナ、タットン男爵子息クラウス。
ほんとにやんちゃなやつらだった。王から遣わされた菓子をくだらないいさかいで台無しにしてしまったり、糸玉も地図もなしに地下迷宮を勝手に探検して迷子になったり。身分を隠して御前試合に出場してそこそこ勝ち残ったり。たまに街に出たときにおれのついでに花を捧げられたクラウスがにやけていたとかで近衛が出て引き分けなくちゃならんほどの大げんかをするし……まあこれは喧嘩はけんかでも痴話喧嘩というやつで。
……とにかく、フィリップが年より老けて見えるのはおれたちのせいだそうだ。
王子のおれにしてからが、こっそり紛れ込んだ勝ち抜き試合で、国王自らメダルの授与される準々決勝までいったことがあるのだ。
勝ち残れたのは運が良かった。運営を取り仕切っていたウルシュベルク辺境伯も、準優勝したクラウスを紛れ込ませるのに気を取られていて、おれにまで目が届かなかったらしい。
兜を取って一礼して見せたときのあの歓声は忘れられない。
「陛下ご覧下され、ジークフリート殿下にございます。それがしの前もっての手配無し、手加減なしに、見事ここまで勝ち残られました。お見事、お見事でございます……!」
出し抜かれた辺境伯、レオノーレの親父さんの方が昂奮していた。
「ジークフリート、よくやった。さすがは王子。アレクサンデルを助けて国を守る強き武人になるのだぞ……」
その時のおれは母上様の形見のリボンを騎士の装束のお約束として着けていたから、父上様もうすうす察してはいたらしかった。父王様は久々に晴れやかな顔をしておれの胸にメダルを着けてくれた。端近で見ると随分と身体の厚みが減っていた。
「左様にございますとも、このダッフォンがお預かりしたからには、大陸諸国に並び無き騎士、国民の心を安んじ兵どもを意気高くさせる比類無き王子様にお育ていたしますことをここにお誓い申し上げます」
親父さんは頭を擦りつけて父王様の手を押し頂いていた。4年前のことだ。父王様はもう死が見えていた。
あにきは怒り狂って、ええかっこうしいだのどうせ裏取引をしてあったのだろうと見苦しく騒ぎ立てた。
「ならば殿下も正々堂々参加なされよ。ジークフリート殿下はジョゼフ・ド・グーシュヴェとリース読みなれどご本名の一部を名乗られてご参加あった。見落としたは我が家中のものの手落ちなれど、そのため一切の王族としての配慮・手心は加えられておりませぬ。先代、アレクサンデル1世王陛下の御代にはトアヴァッサー公の弟君が傷を負われ剣を取れぬ身体になって隠棲しておられる、それほどに真剣勝負で知られた大会にござる。世継ぎの王子のご参加あればなお一同盛り上がり、それぞれ励みになることでございましょう。なに、その代わりただの一太刀で負けても恥にならぬのでござる。ご安心召され」
辺境伯は大会の責任者として声を低くして言い切った。あにきはすっ飛んできたトアヴァッサー公に口を閉じさせられて退席させられたのだった。おれも、ご自重あれとそれ以来参加を許されていない。まぐれで良い成績を収められてほんと運が良かった。
あにきはほんとうにヤなやつです。