序章 オストブルク レゲンデ・パラストの地下通路
行き止まりで、息も整えずにレオノーレはノックして合い言葉を言った。
「ハイター(陽気な)・フリッツ」
すぐさま小声で続きが返る。
「林檎パイ大好き。干しぶどうはちょっと」
「坊ちゃま我が儘言いすぎ」
「いや干しぶどうは正直無理」
好ききらいは良くないと思うよ、こんなときになんだけど。
ちょっと笑って、覚えのある煉瓦をちょっと動かすと、やっぱり短剣はそこにあった。あれ、ちゃんと研いである? 刃にちょっと触れてみて、その冷たさにひやっとした。
「お待たせしました、どうぞ」
隠し扉が開いて、おれの白影が首を振っているのが見えた。やっぱり王子様なら白馬じゃないとね。あ、レオノーレの黒炎もちゃんといる。
「行き先は?」
尋ねてくるのは、摂政宮の侍従のようだった。
「かねての手はず通りで」
レオノーレの声は揺るぎない。天晴れ。さすが辺境伯が仕込んだ愛娘。
「承知」
「殿下、どうぞご無事で」
「お嬢様、ご武運を」
「そなたたちも」
馬に乗るまで誘導してくれながら、口々に囁き声がおれたちを案じてくる。正門からは怒号が響いてくる。ちっちゃい方とはいえ首都内の宮殿だから、正門は優雅さ重視なんだよ、ほっそい鉄の格子で。あんなに大人数でガチャガチャ押したら破られるって。ああ。知ってるやつが今日の夜の歩哨に当たってないと良いな。振り向こうとすると、遮られた。
「殿下」
優しすぎる笑みだった。
ごめん、肝座ってなくて。
「無茶するなよ。また会おう」
おれが別れの言葉を言うのを待っていたようにレオノーレは馬に鞭を入れた。偽装してあった入り口がギリギリと鎖の音をさせて開いた。地下の脱出路だ。ここからは初めて。それにしてもレオノーレはたいしたもんだ。
「殿下、駆けっくらでございますよ」
地下道を駆け抜けながら不敵に微笑んでみせる。そう、想像より明るかった。この地下通路は壁の馬の目の高さに溝を切って油が注いであって、入り口を開けるなり火を入れて、真の闇ではないようになっていた。
「負けるかよ」
「さて、夜にはどうでしょうね?」
「無茶ならやり尽くした。学友共が優秀なもんでな」