1章 シュヴァン城 12
散り散りになった摂政宮護衛の兵が、おれがこちらに移ったと聞いて集まってきているらしい。廊下へ出て窓から見下ろすと、かがり火が焚かれ、所属を尋ねる声が聞こえてきている。気付けの酒が振る舞われ、再編成のために中庭に誘導されているようだ。
左に金冠の下に翼を広げ、背中を向けた見返り龍の前に青の盾、その中に右を上にぶっちがいになった二本のサーベル、右には由緒正しいリースの公女を母とする証の白百合のジークフリート王子の紋がいよいよ夜空に浮かび上がっている。
「あにきはしょうがないとしても。
おれの首まで獲るかな?」
「そんなことは、わたくしの命に替えてもさせません」
「ああ、頼んだ。それで、さっきの件だけど」
「はい?」
「今夜は一緒の部屋で寝てくれよな」
抱き寄せて、耳に囁いてやったが、レオノーレはすぐに身を翻して、剣を捧げて返答した。
「当然、宿直つかまつりますとも」
いやそうじゃなくて。
だめだ、辺境伯はいったいどういう教育してるんだこいつに。
まあ、さすがにここまでマグダ(あのひと)は来ないだろうとは思ったけど。
「殿下が変なことをおっしゃるからわたくしまで湯浴みさせられました。この非常時に」 夜、待ちかねたおれが諦めかけたころにレオノーレはやってきて、入れ替わりに衛士が一礼して去った。ふわりと良い匂いが漂ってきた。洗い髪はほどいて左耳の横で束ねていた。いつもの櫛はそこに挿してある。麻の下着の上からまだコルセットをガチガチに締めている。下はもう白のひらひらだった。床から少し上がるくらいの丈で、脚はまだ見せない。
「下着姿で御前失礼つかまつります」
堅苦しく言って、剣を持ったままベッドの脇に立った。
「いや、……けっこう」
しぜんと唾を飲み下したりして。
やっぱ胸あるじゃないの。
あにきは、レオノーレのことを王子の取り巻きがあんな発育不全の子供では哀れ云々と言いふらした。女遊びが過ぎるといって叱られた腹いせだ。ほんとうに、アレクサンデルは虚心に見て、胸が悪くなるようなことしかしない男だった。
「ノーレ、こっち来いよ」
おれはたまらずレオノーレを手招いた。
「いえ、宿直でございますから」
レオノーレはむきになって立ちつくしていた。
「いいから。お前のところの手勢にうちの衛士も合流してるんだろ?」
「合わせてほんの500でございます。本気でかかってこられては危ういかと」
「本気出させないんだろ?」
「とりあえずはカルディナル橋を第一に。アドラー橋には奪還しないまでも兵を送ってございます。一晩中鬨の声を上げて揺さぶりをかけるよう申しつけてございます。ただいま公子様のご無事を確認させておりますし、国王陛下、王妃陛下のお側にも増援を差し向けております」
さすが、行き届いてる。辺境伯自慢の娘だ。
「今夜これを凌いだとして、明日からどうする? 教会の仲裁頼めねえかなあ?」
「陛下はかなり怒らせておりますから」
「我が兄ながらひでえもんなあ」
まだまだ寝かせてもらえません。