最終章 320日目 フリッツァー・パラスト 王の執務室 9
「リース王女マリー殿下がセンデ公子にご求婚にいらした。
お二人はすぐに恋に落ちられたようだ、喜ばしいことである」
まじめくさってクリスティーナが衛兵に告げた。
【あなたのために、王位を獲って差し上げましょう。それであなたは王妃となれます。ええ、近いうちに。それでよろしいではございませんか】
【ほんとうに王妃にしてくださる?】
【ええ、お誓いします】
いけしゃあしゃあとフランツはマリー王女に囁いている。おれは立っていってその頭を後ろからごつんと殴ってやった。
「おいこら大逆人、おれの前でなんだ」
「慶び事続きだ。王国に栄えあれ!」
クラウスの声に、意味も解らず衛兵が唱和した。
「王国に栄えあれ!」
「王国に栄えあれ!」
おれはレオノーレと固く手を握りあっていた。
エーリヒの声が廊下を近づいてくる。
「皆様お揃いで幸いにございます! お茶をお持ちしました!
今日は先の王妃様お抱えの菓子職人の直伝、リース直輸入の折りパイでございますよ!
季節のさくらんぼの蜜煮をごっちゃり入れましてパイ皮まで赤く染まって、もう、いかがいたしましょう!? どうぞご賞味下さい!」
エーリヒ、いいから部屋入ってからしゃべろうな。最近ツァタークのゾフィー殿と交際がうまくいってるからって調子に乗ってて。ご機嫌な顔をして、クラウスが開けてやったドアを入ってきた。
「王女様や先王妃様の御前だぞ」
笑って言ってやると、大きなワゴンに額が付くほどに畏まって見せた。
「これは失礼を」
「じゃ、一緒に食おうか」
「はい!」
喜色満面に、ナイフを取って切り分ける、最初はほんの親指ほどの太さで。
「お先に御前失礼いたします。たいそうおいしゅうございます」
一口食べて、顔が笑み崩れる。そして、セットの脇に添えられた小さい銀のカップで、ポットの茶も一度吟味する。
「これがまた、葡萄の香りの漂う最高級品でございますよ。水色もこのように麗しく。ああ、おいしい。お砂糖は、こちらにご用意がございますが、どうぞ入れずに。パイの甘さが引き立ちましょう。
かたじけなくも陛下がお命じ下さったお蔭で、わたしども侍従は張り合いが増してございます。
では、どうぞ召し上がれ」
飲み干して、また躍り上がるように味を説明し、一同にパイを切り分け、茶を注いだ。 おれはもう、おなごに毒味はさせない。即位してすぐ勅令を発して、侍従が交替で「味見」をすることに変えさせた。毒をみるのではない、給仕のときに料理を説明するついでに味をみるだけのことだ。
「じゃあ、はじめるか」
おれはフランツを見やった。
「大胆な真似をなさる。2人ながら倒れたらなんとします?
わたしは慣れすぎていて、自分が死なないだけのことで、食べて毒が入っているかどうかを感じ取ることはもうできないのですよ?」
「さらっと黒いことを言うな。その時は、ラインハルトやクリスティアンに行くだけの話だ」