最終章 320日目 フリッツァー・パラスト 王の執務室 7
【あなたはそれではわたしに嫁ぐつもりでお越しなのですね】
フランツが、人を謀るときのやさしい笑顔を見せた。滑らかなリース語には間違いがなかった。
「暫ク! 今暫クオ待チヲ!」
息が切れてひどく咳き込みながらエリーザベト元王妃が遮ろうとしている。レオノーレが手をさしのべた。フィリップが侍医を呼びにいった。
いい判断。うん、そうして。
【ええそうよっ。お祖父様の隠し子なんかを無理矢理王妃にするくらいならあたくしが妃になってあげてよ。それなら教会に無理を聞いて貰うこともないでしょう?】
【なるほど、ご聡明という噂はまことでしたね。それに、勇気がおありになって、行動力もおありだ。すてきです。
闇の色の髪もつやつやしていて魅力的だ。知性の宿る瞳もとっても好ましい……わたしの周りにいなかったたぐいの姫君です】
うっとりと、フランツは机をゆっくり回って進み出ると屈み込んで、王女に目を合わせてやった。
リース語で話さなくちゃいけないおなごはめんどくさいから嫌なんじゃなかったのかよ。
……おい?
……いけませんね。いけませんが、やらせておきましょう。
おれとレオノーレは目で会話した。
「姫君ッ」
間に入ろうとするクリスティーナはクラウスが抑えこんだ。
【わたしはあなたがとっても好きになってしまいました。
マリー王女、わたしと結婚してくださいますか?】
絵物語から出てきた本物の王子様といわれた先王アレクサンデルに今は全く同じ容姿のフランツが、跪いて、求婚の仕草をして見せた。恋に憧れる乙女が夢に見るようなそのままの身振りで。
【お待ちなさい……フランソア殿……】
床にのたうち回りながら、エリーザベト元王妃が制止の声を挙げた。もうグンペイジ語を操る余裕もないらしい。
【ええ、よくってよ】
それを聞かずに、マリー王女は頬を染めて、得意げに答えてしまった。
【陛下、マリー王女はわたしの妃になってくださるそうです。これでわたしの結婚問題も解決ですね】
晴れ晴れとした顔で、フランツは王女を抱きあげた。いっそう顔が近くなって、わずか10歳の王女は顔を真っ赤にして照れている。
「この極悪人」
虚心に見たらフランツの方が王に見えるということを実感しておれは吐き捨てた。そりゃ執務中で楽な恰好してて王冠被ってないけどさ。
「すきなだけ謀を巡らせればよいのです。どれだけ本物そっくりに描けたとしても、絵に描いた城は所詮は絵。ものの役には立ちません」
レオノーレは冷たく斬り捨てた。
【え、陛下?】
はじめてこの早とちりのお姫様は可愛い顔を巡らせておれの顔とフランツの顔を見比べた。
【丁寧なご挨拶ありがとうございます、お可愛らしいご聡明なマリー王女殿下。
お初にお目にかかる。グンペイジ王ジークフリートでござる。お国に於いては、ジープフェル侯爵ジークフリート。襲爵のご挨拶には、いずれ参ります。その折りにはご祖父君によろしくお伝え下さい。
それではおれはおれの選んだ可愛いひとと結婚させて貰うよ】
リースの言葉で途中まで格式張って挨拶してやると、王女はぶるぶる震えだした。
【だ、騙したのねッ】
【いいえ、王女殿下がわたしを王と見込んで御求婚なされたのです、ご自身から】
センデ公子、法定王位相続人フランツが微笑んで言った。相続位をはく奪するという話もあったのだが先延ばしにして忘れていた。
【相違ありません】
「リース王の娘にしてウルシュベルク辺境伯令嬢」、今は王の婚約者のレオノーレが請け合った。
【証人になろう】
クリスティーナが肯いて見せた。