1章 シュヴァン城 11
楽しい昔を思い出して、おれは気分を落ち着けていた。
その頼もしい連中と学んだ内容を思い出してみる。
戦乱の時代は曾じいさんが国をかすめ取った頃まで。おれが生まれてからの大戦といえば、10年前のリースの大出兵。それでも当時のリース王は退位させられただけで、まだどっかの離宮で生きてるはずだ。
首を斬られた王なんてもう遠い昔のこと。ルーベルの混乱期に週替わりで王冠を引っぱがされて首を斬られた年若い王子や王女たち、ポルタの内乱で、異母兄に王位を奪われたエンリケ悲運王ぐらいしか思い浮かばない。
大丈夫、大丈夫……。おれは唾を飲み込んだ。
「水、欲しいんだけど」
「これは失礼を」
肌身離さず持っていた水筒から水を卓上のグラスに注いで、それでも、失礼を、と断ってレオノーレが先に飲む。いつも。
「どうぞ、少しぬるうございますが」
ほんの少し、そのときは笑みを浮かべる癖になっているから、レオノーレの顔がほぐれた。
ちいさな白い顔。
グラスはうっちゃって、その頬をとらえてレオノーレの口を吸った。もうそこは飲み下されていて、水はなかったけれど。
「嬢様ーッ! アドラー橋を取られました!」
伝令が廊下を駆ける声がした。レオノーレは渾身の力でおれの腕をふりほどいた。
「おい」
オストブルクは川沿いの街だ。東辺諸国からグンペイジに入り、コウシ平野を潤して首都オストブルクの手前で方向を変えて大陸を北上するリューゲ川はいくつかの国を跨いで流れ、内陸部はその水運に頼っている。オストブルク東のアドラー橋の淵は東方への出口ルトルト街道門を後ろに控えている上にかなりの荷揚げを行っている重要拠点だった。この出城も対岸のシュヴァン淵の防衛のための施設だが、上流アドラー淵を押さえられると、上流からの陸揚げがほとんど止められることになる。とくに王領コウシ平野の小麦! 季節は秋だった。
「下流、カルディナル橋は? そちらは死守するように!」
さすが、レオノーレは切り替えが速い。
「御意!」
すぐに伝令は折り返して行った。
「けっこー本気だったんだな、あの伯爵」
「ですね」
雰囲気はぶちこわしになった。
ほんと、困るよ。おれはしかたなくドアへ動いた。
とりあえずキスはさせてもらえました。
まだ最初の夜。がんばれジーク。