最終章 320日目 フリッツァー・パラスト 王の執務室 3
宰相フランツ公子の執務はほんとに板についてる。執務室の大机の真ん中を堂々と使ってて。
「もう貴賤結婚でいいじゃないか。次はフランツが王になるということで」
おれはしみじみ言ってみた。良いことも悪いことも伸び伸びやってのけて、国を栄えさせてくれるかも。
「有り難き幸せ。それではわたしは100年も長生きするすべをただいまから研究しなくてはなりませんね」
フランツはおれより年長なのだった。しぶとい性格だから長生きは約束されているだろうが。
「だが、レオノーレは正式な妃、な。そこのところは譲れないから頼む」
おれが頼み込むと、クリスが他人事ながら胸を張って肯いて見せた。
「努力いたしましょう。それにしても、陛下、それでこの頭の切れるかわいいひとは今後執務室にお入れになるのですか?」
フランツはまだもったいを付けてしゃべっている。大物だ。
「考慮中だ」
王妃には王妃の仕事もあるのだが、おれの参謀を欠いては治世がやりにくくなる。こんないたずらものの死神もいることだし、気を抜けない。ほんと、さっきのはやばかった。
「やはり寵姫に留めて置かれた方がなにかと……」
かろやかな足音が近づいてきた。小鳥の囀るような声も。
「へーいか! 教会から赦免状が参りましたわ! ウルシュベルク辺境伯と奥方のご結婚は実際のお床入りのない白い結婚だったという証言をとれた由。辺境伯並びに御一門には陛下とレオノーレ様のために引いていただきました。
レオノーレ・フォン・ダッフォン=ウルシュベルクをシャルル・ド・シャッフェ=リースの娘と認め、ジークフリート王との結婚を正式に認めると! 王女格でのお輿入れです、貴賤結婚ではございません! 王妃の称号も許されると!」
ドアを開けてマグダが飛び込んできた。ばばーっとフランツは帽子を被り直して刈り上げの頭を隠した。
「やった!」
おれはレオノーレと目を見合わせた。
「王女格ならエリーザベト様と一緒だ、身の丈以上の裳裾に白貂の毛皮のマント! アルベルトに注文出そう! 最上級の白貂の毛皮調達してくれって! あのごっつい王妃の戴冠式用の冠絶対お前に似合うぜ! あれは真珠がいっぱいついてるから髪の色が濃い方が引き立つ!」
おれはついつい昔の恨みを思い出していた。
「ドッペルブルク侯を何でも屋扱いなさってはなりません」
頬を染めながらも当のレオノーレは冷静だった。
「なにゆえそんなところにこだわりなさる」
クリスが呆れた。そこは、おまえは身なりに構わないだろうけどさ。クラウスの襲爵が遅れたから自分の結婚式も男爵家の格式でやって、ヴェレ伯がわの親戚は悶絶してた。美しさだけならどこの王妃にも負けないのに、とフランツさえ苦笑いしていた。ヴェレ伯当人は感慨深いものじゃなんて言って眼を赤くしていただけだったけど。そりゃヴィジーならこの戦乙女みたいなクリスでも宝物みたいに受け入れてくれるだろう。最強の伯爵家同士が結びついて良い縁組みだ。
おれがそんなことを考えている間に、友人たちは盛り上がっていた。ついでにニコルが「公子様のおかつら」を回収してきてささっと頭に載せ直していた。すげえな。
「ほんとうに、ネルバッハ公夫人は聞き耳上手なだけでなく交渉上手で。助かりますね」
挙式していても初夜を迎えていないと結婚って取り消せるらしいです。大人って汚いぜ。