最終章 320日目 フリッツァー・パラスト 王の執務室 1
とうとう最終章です。ジークの結婚問題は片付くのか。
とまあ、おれとノーレの仲は一応うまくいってるんだけど。即位から半年経つというのに、まだ結婚式は挙げられていない。ダッフォンの親父が断乎として妻との結婚を無効とする書類の提出を拒んだのだ。王妃を亡くしていたシャルル7世とマティルデの結婚証明書の偽造は済んでいるのにである。
「また頭の固い。それ一枚でご息女が王妃になれるというのに」
フランツは溜め息を吐いていた。それでも顔は笑っている。
「そういうおばかさんがそろっているから、わたしも謀を巡らす楽しみが残っているというものです。法定相続人はわたしということになっておりますから、陛下のご結婚が遅れれば遅れるほど、ご結婚に傷がつけばつくほどにわたしとわたしの子孫が王冠に近づこうというものです。どうぞ好きなだけ揉めてください」
「宰相殿! あまりおおっぴらにそのようなご発言をなさらぬように」
クリスティーナはもうあからさまに剣をガチャつかせている。
「クリス殿、お控えなさい」
そういうレオノーレも表情が硬い。
「どうぞ、陛下はその生ぬるい頭のわるい道を貫いて、そうして破滅なさい。わたしは100年謳われる詩でもってあなたの愚行を賛美して、惜しんで、そしてそのあとを引き継ぎましょう。そしてセンデ朝グンペイジ王国は1000年保つと。
愚かしくも愛しいジークフリート、そは我らが国の恩人……出だしはもうできておりますよ」
役者のように芝居がかって、フランツは言ってのけた。最近はワルノリが過ぎる。
「宰相殿!」
クリスティーナがいきり立つ。
おれは笑ってやった。
「『愛しいジークフリート』な。そこを外すなよ?」
「陛下ッ」
クリスティーナが。
「それはもう」
フランツはおどけて肩をすくめて見せた。
ゆうべ食事のときにれいのちいさな楽人がやってきて、近頃街の流行だと言ってレントレラの曲をやってくれた。「ハイター・フリッツ」を三拍子のレントレラ調に作り替えたような曲で、出だしはもとの歌の通りで親しみやすく、途中が今風に愉快になって盛り上がって終わる楽しい曲だった。
「曲名は『リーベス・ジーク』にございます」
ツェリーナという名のそのヴァイオリン弾きは、胸を張って教えてくれた。愛しいジーク、親愛なるジーク、そんな意味だ。おれのことを言ってるとは限らないが、なんだかちょっと、面はゆかった。
「しかしながら、ここでだけ申しますが、既に差はついている。あなたは兄上を手にかけられた。わたしには先王は元より、あなたを害せなかった。
その差です。最後の最後で自分の手を汚す覚悟のないものに、国を預かる資格はありません。
あなたにはもう謝っていただいておりますしね。乱のはじまったすぐに。
だからいいのです」
「フランツ」
「しかしながらそれは現時点での話。あなたがこの先失政をなされて、わたしが内なる怒りというものを真に感じることができたなら、そういうことも起こりうるのですから。
そのときは、お覚悟なさい」
「面と向かって言うか」
おれは、手を伸ばしていとこの背を叩いて笑ってやった。
大丈夫、こんな優しい死神がおれの後ろに立っているのなら、おれは道を違えない。
「陛下、ここの税率は5厘でよろしかったでしょうか? こんなに安くしたらあとで困りませんか?」
レオノーレがおれたちのじゃれあいをよそにじっと見つめていた書類から眼を上げて言った。
「えッ?」
確かに。ここは苦しいが百につき8で頼むとオケゲンに泣きつかれてリヒャルトが頭を下げてきた件だった。各街での共同パン焼きかまどの使用料にかかる税で、民の生活に直結するから本当は低くするに越したことはないが、安全確実に取れるところでもある……。