37章 230日目 フリッツァー・パラスト 新王の居室 1
オストブルクにも夏が来た。王宮フリッツァー・パラストの庭は薔薇が盛り、毎夜の舞踏会ではレントレラが大流行で皆々楽しんでいるというのに、新王執務室はどんより暗い。おれとノーレはほとんどの舞踏会で踊りまくって盛り上げていたが、あんまり服に贅沢しないノーレがうっかりドレスを着回したことがばれて、王の婚約者として残念だと噂になった。すぐさまエリーザベト様が対応してくれて、お輿入れの時に持ってきたけどあにきにほったらかしにされたせいで全然着てないドレスを全部譲ってくれたそうだ。7年前の流行の服地で申し訳ないとか言いながら、大陸最高の腕を誇るお使いの裁縫師を総動員してせめてデザインは最新流行に作り直して下さった。お輿入れの時に連れてきたはよいが、お寂しい毎日でお出かけの衣装もそうそう必要なく、最先端の腕を持てあましていたから、どうぞ腕を振るわせてやってとのお申し出だった。ノーレはかたじけなくご厚意を受け、以後はそれなりに着飾ってくれたからおれも目の保養をさせて貰って楽しかった。
それがまた、おもしろいことになった。
「へーいか、ご覧になって。このドレスとこちらのドレスとの違いがお分かり?」
週に一度は夜にマグダを召して、いろいろ巷の情報を教えて貰っている。この夜はドレスを着せて保管するための人形をニ体も持ち込んで見せた。
「ええと、左は前からの流行だろ? スカートが横に張ってる。中に籠みたいなの付けてんだよな? 重くないの?」
「ご明察でございますわ。陛下は殿方にしては服飾にご理解がおありで頼もしゅうございます」
「お世辞はいいから。それで、そっちが最近の流行のスカートがラッパみたいにどの方向にも膨らんだドレスだな? レントレラがきれいに踊れる」
「左様でございます。ちょっとご覧になります? 中はこのように、鯨の髭で作った枠を付けて膨らませておるのでございますわ」
マグダはドレスの裾をめくって見せてくれた。人形はしっかりドレスの下に着る薄ものも着ていた。その下までめくると、たしかに黒い輪のようなものが腰から吊してあった。……人形でも、スカートの裾をめくると少しドキドキするね。
「鯨ってなんだ?」
「大いなる魚のような生き物でございます。それはもう、馬どころか象より大きいとか。大洋におりまして、時々浜に打ち上げられたりするようでございます。灯火用の油が採れますとかで、近頃は船団を仕立てて漁をするとも聞き及びます」
「そんなに大きな魚がいるのか、マグダは物知りで助かる。肉は食えないのか?」
「口に入れるものはいないように聞いておりますわ。油を採るのが第一で。そして、かるくて丈夫でよく撓るこの髭を、スカート下の骨組みに致しますの。転んで壊れた骨組みのせいで怪我をすることもなくなりましたそうで」
「おなごも大変だな」
「ところが、ご覧を。
スカートがまんべんなく膨らむようになりましたら、服地がその分要るようになったのですわ! 世知辛いお話でございますけれど」
マグダは広がったスカートをたぐって広げて見せながら声を潜めた。
「贅沢は困る、言ったよな?」
「そこは、先王妃様がうまく動いてくださって、昔のドレスを作り替えるというひらめきを見せていただきましたので、皆様助かっておりますの。あたくしどもは人前で同じ服を二度着るなんて一生の恥と申し伝わっておりますから、ご身分あるお方ならお衣装が衣装部屋に山ほどあって、処分もできずに頭を悩ませておられましたの」
「二度でも三度でも着ればいいじゃないか」
おれはうんざりした。一反織るのにどれだけ手間が掛かると思ってるんだ。クリスの山荘に遊びにいってたときに機織りの様子を見せて貰った。糸が機に掛かっている間を行って、帰って。気の遠くなりそうな作業だった。冬の長いこの地方ではおなごは機を織るのがつとめ、と顔色の悪いおかみさんが精一杯微笑んでいた。
「左様にございましょう?」
マグダはにっこりと続けた。