37章 140日目 フリッツァー・パラスト 新王の控えの間 1
「おまえがリース王の隠し子だったとは知らなかったよ」
控え室に入って礼服を脱いだところでレオノーレが現われたので言ってやった。仰々しい第一礼装の上着はブリュンヒルデが一礼して持ち去った。
「エリーザベト様のご提案で。このままでまた新しい姫様がこちらに遣わされて、陛下の御心がわたくしに残っているのを目の辺りにして哀しい思いをされるとお可哀相だからと仰せで。
母はそんなひとではありません。わたくしは父の恥にもなりますからと最後までお断りしたのですけれど。……田舎芝居にございます」
レオノーレはまだぷりぷりしている。
「何を言ってるんです、恋しい人と結婚できるのだから受けておきなさい。貴賤結婚ではなくなるし、リースへ義理を欠くことにもなりません。エリーザベト様に振られた形式を取るのであのお方の格を損なうことにもならないし。これでリースとは貸し借りなしということです」
フランツはすましていってのけた。またおれを置き去りに謀略を巡らしていたらしい。
「じゃあこれはいつものとは別の品なのか?」
レオノーレの胸からブローチを外してよく見ると、確かにリースの王の紋章によく似た作りで、裏には言われたとおりの詩の文句が彫りつけてあった。
「全くの別物です。エリーザベト様がれいのブローチをお目に留めて、もしそれがお母上の縁の品ならお借りしたい、似たものを作らせたいと仰るからお貸ししたら、悪戯を思いつかれて。そういえば、もともとあの紋章には近い形をしておりましたが」
リースに赴いたときに買い求めた父から母への土産物なのに、とんだ不倫の恋の証拠にされて、とまだぶうぶう言っている。
「それじゃあやめますか? 先月までの時点では年増のカトリーヌ殿に代わってエリーザベト殿のお兄上、フィリップ王太子のご息女、マリー王女が候補として上がっていたそうですが。黒髪、青い眼の美少女だそうですよ。お年は10歳。肖像画はここに。まあ、陛下好みと言えましょうか」と少女というか幼女の肖像を書類のしたから出して見せた。流行からいって布地をたっぷり使ったドレスなんだけど、そのせいとも言い切れない。なんというか細い、細すぎる。服地に埋まった小さな顔の中で、大きな目だけが目立っている。
「無理だろ」
「たいそうご聡明だそうで。ま、うちに寄越すにはもったいないし、父親のフィリップ王子がもう目の中に入れても痛くないほど可愛がっておいでだそうですから、レオノーレ殿を王の隠し子に仕立てるのはリースも認めた奇策です。どうせその辺の大公の隠し子やら子だくさんの公爵家のみそっかすを引っ張ってきて養女にして送り込んでくるなら、今上の隠し子ということにしてこちらに恩を売った方が得というお話。まじめなだけが取り柄、可もなく不可もないというお人柄を苦にしていたシャルル7世陛下は、これで箔がついたといい気持ちになっているそうですよ。あちらは恋愛至上主義のお国柄ですから。
なんでしたらその幼女はわたしが引き受けましょう。わたしもちょうど婚約者を亡くしていますし。食べ頃にはあと5年もかかりましょうか、それまでは遊び放題。血筋の良さで王家を逆転するようにもなれば、もうあと2,3世代で我が家から王を出すことも夢ではない……」
「フランツ」
呆れて言葉もない。
田舎芝居ですがオジサンたちは面白がっています。