36章 140日目 フリッツァー・パラスト 大聖堂 3
「ココニゴ来臨ノ大司教台下ニ願イ奉ル。我身ハリースガ王女ナレド、先王アレクサンデル様ニ一度嫁ギシ身ナリ。主ノ祝福ノ元ニ一度アレクサンデル陛下ノ妻トナリシ身デ、更ニハ、先王陛下ト同ジ病ヲ得タル身デ、コノ先子ヲ儲クルハ難シトゾ愚考スレバ、此度ジークフリート王ニ再嫁スハ心苦シク思ウモノナリ。
父王ニモ左様申シテ再嫁ノ儀ハ容赦アルベク度々願イ出デケレド、生憎リース王家ニテハ先年ノ疫病ニテ末頼モシキジークフリート様ニ遣ワスニ相応シキ王女、公女コレナク、両国ノ誼ヲ守ランガタメ露ノ命ノ果ツルマデ唯時ヲ繋グベシトノ命ニヨリ恥ヲ忍ビテコノ場ニ罷リ越シニケリ。
ココニ伏シテ願イ奉ル。列席ノ貴顕モ証人タルベシ。
王女エリーザベトガ替ワリニココナルレオノーレヲジークフリート王ガ妃ニ立テラレルベシ。
妹レオノーレハ年若ク、健康ニシテ心素直、ジークフリート王ガ稚キ頃ヨリノ友人ナレバ心ウチ解ケシ最良ノ伴侶トナラン。
リースガ王女ナレバ妃トシテナンノ瑕疵ノアロウコトカ。父モ首肯スベシ。
乞イ願ワクバ哀レナ寡婦ノ望ミヲオ許シ給エ。我ガ父ノ心ヲ安ンジ、両国ノ誼ヲ永遠ニ繋ギ、我ガアレクサンデル陛下ヘノ想イヲ守ラセ、我ガ妹ニ栄エアル未来ヲオ与エ給エ」
このうえなく優雅に跪き、美しい元王妃は立ち会いの大司教に、そして、列席の皆に訴えかけた。
皆、このひとがグンペイジ語で話すとは思わなかったのだろう、固唾を呑んで聞き入ってしまっていた。
「さ、左様なことは、今ここで愚僧が決めて良いものではございますまい」
我が国における宗教儀式の全てを司る大司教が、逃げた。秀才は突発事態に弱いのね。
「お話を伺えば、こちらのご令嬢は正式な祝福を受けての結びつきにはあらざるご出生のご様子、それでは聖教会の祝福は受けられなくなりますが」と、教会としては妥当な線から抵抗してみせる。そうだ、勝ち馬ジークフリートに乗るためにエリーザベト元王妃との結婚を認めるのが法王庁の意向だろうから。
「台下ハ我ガ妹ヲ愚弄スルヤ?」
美しい貴婦人が、まなじりを決して大司教を追求した。
「とんでもない。リースの大司教座と連絡を取りまして、法皇庁とも相談の上書類を揃えさせていただきます。もし、こちらのご令嬢のお母君と、シャルル7世王陛下にその、極秘結婚などの記録があれば、正式にご出生の王女殿下ということになりますので、教会としても申し分ないご結婚となります」
百戦錬磨の大司教は、すぐさま落としどころを見せてきた。極秘結婚って、そんな、ダッフォンの親父も生きているのにできるわけがない。だいたい、マティルデ殿が、あのひとがリースの王と不貞をはたらいたなんて、あるわけがない……!
「貴賤結婚ニ非ザルト仰セカ?」
エリーザベト様は目を少し緩めて言質を取った。
「書類が揃いまして後のことでございます」
冷や汗に額を濡らしながらも、この坊主は形式を守った。
「ゴ列席ノ皆様、オ聴キニナラレタ通リ二候。
書類ノ揃イシ後ニマタゴ参集願ワシュウ。
我ガ妹トジークリート王陛下ノ幸セヲ共ニ祈ラレンコトヲ」
「この場は散会と致しましょう。ひとまずは、ジークフリート新王に幸あれ!」
大司教はとりあえず場を収集した。
「幸あれ! 正義と英断の王に!」
進み出て、フランツが声を掛けた。えーと、式次第ぶっ飛ばしたけどこれが散会の合図で良いのかな。
「正義王、ばんざい!」
クラウスが全身から声を出した。大聖堂の高い天井に響く。
「ジークフリート王、ばんざい!」
列席者の声が続いて、おれは送られて退場した。
ジークの王号はジークフリート親愛王になる予定。