36章 140日目 フリッツァー・パラスト 大聖堂 2
その場の全員が内心突っ込んだだろう。レオノーレはまったくの親父さん似で有名……。
「この世には自分と同じ顔のものが3人いると申します」
先王アレクサンデル3世とうり二つだったフランツが呟けば皆口を閉ざす。
「……父王シャルル7世ヨリ内密ニ申シツケラレタル務メヲココニ明カサン。
我ガ父シャルルハ18年ノ昔、妃ヲ失イタル傷心の折、演習ニ訪レタルコノ地ニテアル夫アル貴婦人ト恋ニ落チ、情熱的ナ一時ヲ過ゴシタルモ、先様ニ夫有リテハイカントモシガタク別レタル由。忘レエヌ生涯タダ一度ノ恋ト聴キ侍リヌ。
今ハ御夫君ト睦マジカルナラ良シ、モシヤソノ秘メ事ガ相手ノ貴婦人ガ幸福ノ障リト成リタル時ニハ、事ヲ明ラカニシテ騎士トシテ貴婦人ノ名誉ヲ護ルベシト!
面ヲ上ゲラレヨ、我ガ妹。
イザヤコノ佳キ日ニ姉妹ノ名乗リヲ成サン!
ソモジハリース国王、シャルルガ娘ナリ!」
「有り難き幸せでございます、姉上様」
辺境伯家の誇りに掛けて否定すると思われたレオノーレは、涙ぐみながら思わぬ出生の秘密を肯定した。
そんな、ばかな。
レオノーレはダッフォンの一人娘で、おれの幼なじみの学友で、だいじな参謀で、最大の後ろ盾で。王女だったなんて!? 聞いてないぞ!
だって、こないだ、ウルシュベルク辺境伯家がどんだけ曾じいさんに恩義を感じてるか熱く語ったじゃないか!
古くから宮廷にあるものは、絶対突っ込んだと思う!
レオノーレは誰1人見まちがえようもないダッフォンの一人娘、あの髭の親父と生き写しなのだから。あの小柄な田舎くさい辺境伯に連れられて初めておれに目通りしたときから、髪と同じ暗い栗色の太すぎる眉、小さな鼻も、小癪な顎も、楽器を持てないずんぐりした指の形も、どこからどう見てもダッフォンの血筋、母のマティルデ夫人は一応の佳人だったから、残念なことよと常々罪のない話の種にされていた。その度に、父上に似ているのは誇りでございます、ノーレは父上似と言われて嬉しゅうございますと、幼い頃は素直に、長ずるにつれてムキになって赤い顔で、必ず、そのようなことを聞きつけるやいなや言うのだった。話を振る方も、そこまで予定した一連のあいさつのように思うようになっていて、まこと親孝行な娘御で、先行き安心、と笑うのだった。父王の朗らかな笑い声、さざめく廷臣達の群れ、皆心からの笑顔を見せていて……ああ、なんて遠い。それは昔の話。
そんな温かい、明るい笑いに満ちた宮廷は、もうないのだった。
空っぽの、血と汚辱にまみれて死神付きの王宮を、おれは相続したのだった。
真面目で、お綺麗で、操固い嗜みある、非の打ち所ない憧れの貴婦人を、おれは今から妻にする。2人で、あにきがめちゃくちゃにしてしまったこの国を、建て直すのだ。
一生大切にすると誓い合った心からの友で恋人を、この場で裏切って捨てて。
そこは、あなたも承知の上のことだろうに。
エリーザベト様、どうか、それ以上おれの大切な人を傷つけないでくれ。
おれはこれから妻になるひとを制しようとして、自分の喉が渇ききっていて声も出ないことを自覚させられた。
……陛下、お平らに。
背後から、フランツの声がした。