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百年謳われる愚行の王  作者: 早乙女 まいね
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36章 140日目 フリッツァー・パラスト 大聖堂 1


 おれの戴冠の後は、エリーザベト様の戴冠が続くことになっていた。いちいち集まりなおすと費用がかかるので、できる式典は一日のうちにやっておく。そして、その前に、簡単な、結婚の宣言と、祝福。おれの結婚は、単なる添え物だった。

 5年か、10年か。一応おれの妃になっていただいて、花の命が終わるまでエリーザベト様には我が国で王妃としてお過ごしいただいて、あとは、聖ゲオルギオス教会の母上の隣にお休みいただく。そういう段取り。今、あにきはそこにいないけれど、エリーザベト様がお休みになるときには、大赦を発してあにきを横に連れて行ってもらうことにする。そこまではまだ公表していないけれど、書類は作ってある。

 その後は、おれの従姉に当たるリースのダキタン大公家のカトリーヌ公女が候補に挙がっている。エリーザベト様と同い年なのでおれ達にとっては大年増の感覚だ。そろそろ子を産むには適さなくなる。先にフランツのお妃になってもらってとりあえず世継ぎをもうけてもらうべきかとトアヴァッサー大公たちが頭を悩ませている。

 ……後添いならノーレでもいいじゃないか。

 おれは必死にその言葉を口から出さないように我慢している。未練だ。

 ……ごめんな。

 レオノーレは、真っ青な顔で立ち会っていた。当然だ、新王最大の後ろ盾で、最高の腹心。将来のウルシュベルク辺境女伯。

 心は、誰よりも近いのに。

 寵姫は、名実ともにネルバッハ公夫人マグダレーネということになってしまった。マグダも、今日は着飾って、そこそこの場所に立って花を添えている。ああ、クリスティーナも今日はドレス姿だ。若妻らしい控えたかたちに髪を結い上げている。それもまた初々しい。クラウスが真っ赤になって介添えをしている。頼むぞ。

 ……陛下、キョロキョロしすぎです。

 フランツが小声でたしなめてきた。結局フランツは大赦のあと宰相に任ぜられた。わたし以外にこの大役をこなせる者はおりませんしねなんて言って、変わらず春の陽の笑顔で仕事をこなしてくれている。

 ……何があっても、落ち着いて。わたしたちはあなたの味方ですから。

 そんなこと言って、今でも決裁の書類の100枚に1枚は悪戯でおれの退位宣言書を混ぜてくる。昨日うっかり読まないでサインしかけておれは冷や汗をかいた。レオノーレは悲鳴を上げて焼き捨て、クリスは退出済みのフランツを追っかけてすっ飛んでいきそうになった。

 これからも、おれが気を抜いた仕事をしないようこの綺麗な死神はいろいろ仕掛けてくるだろう。

 わかってるよ。

 泣き顔を思い出して、おれはほんの少し頬を動かした。こんなに強ばってた。


「花嫁様ご入場」


 声が掛かる。

 やっぱりこのひとが現われると、雰囲気が改まる。父王の代理、大使のレーヴェに介添えされて花嫁が進んできた。兄王の喪中ということで、地模様に百合紋を織りだしただけ、何の飾りもついていないドレスはほとんど黒い藍色だった。あにきの戴冠の時には身の丈ほども裳裾を引いて、直輸入の白貂の毛皮を着けていたのに、それも今日は自粛。それでもこの国の誰よりも美しい。病気を伝染させないために、また、浮き出はじめた桃色の斑点を隠すためにかたくなに肌は出さず、ヴェイルに顔を隠している。

「ソナタ、ソノブローチハ何処ヨリ借リテ参リシモノゾ?」

 裾を捌いてゲッティンガー大司教の前に進み出たエリーザベト元王妃が、レオノーレの胸に光るブローチに目を留めた。

 

 あの、ちょっと、いまそんな場合じゃないでしょ。

 

 左腰に吊ってる聖藍菊大勲章の方見てやって、じゃない、アクセサリー比べはサロンでやって。ゲッティンガー大司教もすんげえやな顔してる。

 これは、レオノーレが母親から相続した大切なもので、先のあにきの戴冠の時にも付けていたおとっときのお気に入りだ。それにしても、ノーレやマグダが相手をしにいっている筈なのに、このお方のグンペイジ語は直らないなあ。

「借り物ではございません。わたくしが亡き母より相続したものでございます」

「此レハリースガ細工ニアロウ。全体ノ輪郭ガ我ガ王室ノ紋章ヲ象ッテオル」

「そのように見えましょうが……?」

「裏ニハ詩ノ一節ガ刻マレテオルノデアロウ。

  【激流ヲ隔ツル岩ガアルトテモ 流ルル先ノ海ニテ逢ハム】」

 エリーザベト様は高らかに吟じた。昂ぶった声は、このお方らしくなかった。

「ええ、確かにそのように」

 レオノーレは、がくがく震えながら胸のブローチを握り締めていた。

 二度三度と胸の中で反芻してみると、それは再会を誓った離別の詩ではないだろうか。


 まるで、結ばれ得なかった恋人との!


「ソシテ、シャルルト我ガ父ノ名ガ」

「いいえ!」

 レオノーレは思わぬ言いがかりに激しく首を振った。

「ソモジノ母ガ名ハマティルデナラン。

 一目デソレト思イ当タリヌ! ブローチノ細工モサルコトナガラ、我ガ祖母、王太后アンリエット・ド・ボーボンヌ二通ズル面差シ!」

 ……嘘だろ。

元ネタは崇徳院。せをーはやみッ。


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