34章 140日目 フリッツァー・パラスト 2
「あなたはいろいろ楽しいことを企ててくれるのね。
レントレラを許して下さってありがとう。殿もおいそがしいのに珍しくわたくしのためにお時間を割いてくださって、一緒にお稽古をしたのよ。舞踏会は何夜続けて催すの? わたくしもう十年ぶりにドレスを誂えたんですよ。王妃様に型紙を分けていただいて。裾がふんわりした流行のドレスなのよ! わくわくするわ!」
「大公妃様も踊っていただけるのですか!?」
「ええそうよ。楽しみ。殿もダンスはお上手で。若い頃はよく踊ったものよ。
でも、初心者ですからね、年も年だし、ゆっくりゆっくりやってくれるように、あなた楽団に言ってくださる?」
おれは勢い込んだ。
「ええ! それはもう! 大公両殿下がお出まし下さると格式が上がります。これは名誉だ。助かります。楽しみだな。でも、お体に障らないようになすってくださいね」
背後を窺うと、堅物の老公はちょっと顔を赤くして目を逸らしていた。
そういえば、奥方達のドレスも随分流行の型が増えていた。内乱の後なのに正装を一式作り直したら随分お金がかかったんじゃないだろうか。マグダに言ってあんまり派手なのが流行らないようにリードして貰わないとだな、とおれは冷や汗をかいた。
大公の服も正装のせいかもっこりじゃなくなっていた。これでおばあちゃまの服のセンスが多少は流行に追いついてきたら、クラウスも多少しゃれた服を着られるようになるだろう。そこのところはマグダとエリーザベト様にお願いしたいところだ。
「さ、仕度が調ったようよ。陛下、ではあがらないでね、堂々と。あなたは筋書きにないこともうまく捌けるようだから、心配はしてませんよ」
おばあちゃまは一礼して参列席へと移動していった。
「ありがとうございます、行って参ります」
おれも、王の控えの間へ動いた。
【陛下にはわたくしもお礼を申しあげねばならないところです。
この度はフランソアをお許し下さってありがとうございました。
どうか末永くあの子をお引き回し下さいね】
固い声が脇からかかった。
王だけが使う廊下で、その貴婦人は待ち伏せをしていたのだ。
【ええ。フランツはおれの得難い友で血の繋がったいとこですから。
フランツを欠いておれの治世など思いもよりませんでしたよ、叔母上】
まっすぐ目を見て、おれは言ってやる。戴冠式用に最高に着飾った、恐ろしくも哀しい貴婦人、センデ大公妃に。
亡き父上によく似た金髪のお美しい姿は、この期に及んでも母の仇と思い定めることができなかった。フランツに対してと同様、慕わしいという気持ちをぬぐい去ることがどうしても……。
それでいいか。
……また信じる。
フランツの皮肉な声が蘇る。おれはひとの話を鵜呑みにしやすい質だと解ったからには、フランツの話だけで判断してはいけないのだった。
……このお方は、母上様とお親しかった方。
かつての母后の心からの笑顔だけをおれの心の証人にして、この方のことを考えることにした。
【どうぞ、宮廷にも心やすくお越しください。フランツはオストブルクに詰めきりになりますゆえ。顔を見に来てやってください。かれも喜ぶでしょう。
叔母上の麗しく格式高いお姿が我が宮廷にあれば、皆々心華やぎ背筋も伸びることでしょう。おれも心楽しみに、また心強くも思います】
記憶が戻ってからは、リースの言葉も口からすらすらとでる。それはエリーザベト様のところに出頭しては、対面叶わず、あのおっかない女官長、名はシャルロッテだって、なんて優しい、と一対一で世間話をすることになってしごかれているせいもあるけれど。かくもおぼおぼしき言葉遣いでよくも王妃様と直に会話しようとお思いになられること、なんて手厳しいこといいながら、いちいち細かい言い回しの違いまで直してくれるから実は助かってる。
【わざわざのお言葉ありがとうございました。参ります】
おれは控え室へと身体を向けた。たいした動きもしないのにマントを翻った。仰々しくてまだ気後れする。返事を待たずに歩き出す。時間を食ったのだろう、廊下の出口では気が急いた侍従が顔を覗かせている。
【ジーク殿、よき王におなりなさい。あなたを害さなくて良かった】
叔母上の声が背中から追ってきた。