33章 100日目 フリッツァー・パラスト 大広間 5
ずっと、酷薄なのはセンデ大公の方だと思っていた。
なにやらあやしげな謀をいつも巡らせていて、宮廷に寄りつかない。アデライーデ叔母上の方が、お上品ぶってはいるけれどフランツのことを愛していると。それはおれの勘違いと知れた。いや? どうかな?
みんなが自覚していないにせよ、たぶん少しずつ間違っている。百年先に王位を望めと言い聞かされすぎて我が子を駒としか思えなくなっていたセンデ大公も。害した後で王妃が自分の心からの友であったと気付いたであろうアデライーデ叔母上も。大義のない戦と知りつつ跡継ぎに箔を付けるためにルーベルに派遣したトアヴァッサー大公も。1人娘に毒味役を申しつけたウルシュベルク辺境伯も、本人の望みで挑発されたこととはいえ実の大伯父上を手に掛けたクラウスも。
おれもきっとどこか間違ってる。
よかれと思ってエリーザベト様をダンスにお誘いして泣かせてしまったように。だが、しょうがない。神ならぬ身だ。間違いを信じた身が寄り合ってこの世を治めてゆかねばならぬ。
おれは心を決めて息を深く吸った。
「だが、フランツは法定相続人だ。フランツを罪に問うてはおれの後継がいなくなって、なお国が乱れる」
ここまで考えての挙兵だ。父王も兄弟が少なかった。フランツの次に血の近い相続人というと、遡ってトアヴァッサー公と、その跡継ぎのおちびどのになってしまう。いよいよ誰が後見になるかで揉めるのだ。それにフランツを廃すると、おれはいよいよリースから由緒正しい妃を迎えて世継ぎの王子を儲けなくてはならなくなる。つまりレオノーレとの結婚は完全になくなる。それを解っていてレオノーレがフランツを告発できるか。
フランツは自分より頭の切れるレオノーレに密かに喧嘩を売っていたのだ。
レオノーレは堂々と立っていた。
レオノーレの態度は変わらない。はじめて親父殿によって引き合わされた時から。
あの襲撃の夜、妃になる気がないのか重ねて問うてみたときから。
……わたしの忠誠はあなたにあります。
おれは、その真心に報いるためにどうしたらよいか。
謁見の間は、レオノーレがゴルゴンの首でも持ち出したかのように皆固まっていた。
おれは必死に考えを巡らせていた。
レオノーレ、ここでやるならせめてゆうべのうちにおれに言っといてくれよ。まだ相談できたのにって、誰と?
もうフランツとは相談できなくなるんだ。
フランツを大逆人として裁くにしても、ついにおれを殺さなかったことをもって不問にするとしても。フランツはもうおれの側近に戻れない。これからずっと、あの広い知識や冷静な判断に頼れなくなるんだ。レオノーレは側近でいてくれるだろうけれど。将来辺境女伯として夫を迎えたり、子供を産んだりしたら、毎日は詰めてもらえなくなるだろう。