33章 100日目 フリッツァー・パラスト 大広間 3
国のために傷を負ったのに、今まで疎遠にして悪かった。これより3年は年始、夏の出頭をそれぞれ免除する。追いやりたいのではないぞ、身体を案じてのことだ。来たいときにはいつでも来てくれ。以後は親しく頼む。北海の物語などしてくれると嬉しい。奥方にも世話になった。せめて奥方だけでも宮廷に顔を度々出されて、華やかに彩ってくれると嬉しい」
正装の胸には、戦傷を負ったときの第三等の聖藍菊十字勲章が下がっていた。その隣に、金剛石をちりばめた金のリボンの勲章をつけてやった。これは戦功以外の功に報いる勲章だ。なんのためにあるのだろうと思ってたけど、なるほど、敵と切り結ぶだけが戦じゃあなかった。ちゃんと活かさないとね。
「かたじけなきお言葉にて」
陰気な侯爵は、ただ真っ赤になってそう言っただけだった。
ことさらにドッペルブルク侯を上げたのは、ウルシュベルク辺境伯を表向き牽制するためもあった。もともと娘を学友というか妃候補に上げていることだし、ウルシュベルク辺境伯がジークフリート王子と近いのは宮廷の常識だった。ここで内乱平定に軍事的に貢献したとなると、いっそうつながりは強くなる。ありえない辺境伯の女子への相続や叙勲も即位早々認めさせたことでもあるし。それを旧来の貴族が恐れて、疑心暗鬼の陰謀など企てられては困るからだ。ドッペルブルク侯には矢面に立ってもらって申し訳ないが、引きこもりだからそう実害はないだろうとのレオノーレの予測だった。わざわざおれの方から進み寄って見せたのも、身体が不自由と強く印象づけるためだったりする。
「あとはなにか言いたいことがあったらここで」
おれが一同を見渡すと、一度自分の立ち位置に戻っていたレオノーレがまた進み出た。
「わたくしレオノーレ・フォン・ダッフォン=ウルシュベルクは陛下の側近として、大逆人、センデ公子フリードリヒ・アレクサンデル・フランツ・カール・マリア・フォン・グーツヴェル=センデの処刑を請求いたします」
レオノーレは低いがよく通る声で一同に向かって告発した。
「レオノーレ……」
聞いてないぞ。
おれの喉は、また固まった。フランツは、いつもの春の陽のような笑顔を顔に浮かべていた。
「先だっての反乱は、シュヴァルツリーリエ伯が首魁ということになっておりますが、真の黒幕は伯にはございません。皆様もご存知の通り、かの伯はそのような企てを心に抱くことのできるお方ではございません!
伯はご息女の不幸に心を乱され、臣下としてあるまじき思いをお心に抱かれたやもしれませんが、その状態の伯に策を授け、恐るべき大逆をなさしめたのは別の人間にございます。伯のご息女、コンスタンツェ様とご婚約を取り交わしながら、アレクサンデル陛下の不埒な振る舞いでコンスタンツェ様はご自害なされ、ご自身の体面を潰され、ご婚約者の無惨な死に心を動かされ、王家に対する憎しみの心を抱かれた! ここまでは人としてご同情申し上げましょう。
しかしながら、正々堂々名乗りを上げられて騎士として王の非を鳴らされ、正式の謝罪を求められるならいざ知らず、その身を隠したまま当時の王弟殿下のお側に侍り、さも忠実な臣として反乱軍の鎮圧に智恵を出しながら、共倒れを願うがごときご卑怯の振る舞い、いかに申し開きをなさるおつもりか!?
さらにさきの戦勝の宴において、先王陛下の御名を騙って毒酒を陛下に贈り、陛下や出席の皆様を害そうとの企て、ここなるネルバッハ公爵夫人の機転によりて事前に発覚し、害に遭われた方はおられなかったとはいえ、明らかに大逆の犯罪にございます! それも、兄陛下への陛下のお気持ちを悪く導き奉り、あわよくば陛下が兄陛下を害し奉ることを期待するという臣下にあるまじき畏れ多き企みがなくはなかったのでございましょうか!?
さらには真実を突き止められたジークフリート王陛下が、ことを荒立てぬようお忍びでそれを質しに宮殿に赴かれた折にはそれを幸い、毒酒を以て謀殺しようと試みられた!
恐れ多くも長年陛下の側近くにあり、もったいなきご友愛を被りながら、数々の謀略、恥をお知りなされ!
わたくしは、陛下の親しき友として、これ以上あなたに陛下のお側近くにおってもらいたくはございません!
陛下、ここは心を鬼として、この大罪人を処刑なさいますようご忠告申し上げます!」 レオノーレの言葉は、雷のようにおれの謁見の間に突き立った。
誰も、言葉を発することができずに立ちつくしていた。