31章 60日目 王子のお召し馬車内 1
宮殿の表には、馬車が着いていた。後ろには黒炎が繋がれていた。まだ、息が荒かった。おれは、残り3歩を跳んで、扉に飛びついて開けはなった。
「マグダ様が、ご連絡をくださって
……よかった、生きて帰してくださって」
レオノーレが涙で顔をぐしゃぐしゃにして中から飛びついてきた。
「うん。おまえは知ってたんだな?」
「だって、公子様は、ずっとわたくしどもと一緒に殿下にお仕えしてきたのでございますよ? そんな、そんなことがあろう筈が……。恐ろしい、わたくしは、自分の考えが恐ろしかったのでございます。殿下の身の安全をのみ思い参らせるが故に、一緒に学んで参った公子様をさえ疑ってしまう自分が。王族でもある方を、恐れ多いと、ただそれだけで、疑いきれなかった……御身を危うくさせて申し訳ございませんでした」
「だが、最後には裏をかいておれに勝利をくれた。ありがとう、レオノーレ。
……愛してるよ、おれのノーレ。
でも、……………………ごめんな」
王なのだ。おれはこの国の王なのだ。気ままに結婚はできぬ。
「わたくしは、わたくしは殿下に忠誠をお誓いします。わたくしは絶対殿下を裏切りません、わたくしはこの身を殿下にお捧げします……永遠に」
「うん」
車中ではずっとそう言いながら抱きしめてくれた。おれの頬に、熱い涙が落ちた。
「あの夜に、シュヴァン城にお連れせず、あのまま北国街道を駆け抜けて領地にお連れしていれば良かった。父王さまとのお約束通り、ウルシュベルクにお迎えして、我が郎党だけで傅いてお守り申せば良かった! 王位など公子様にくれてやって、ずっと、ずっと2人きりでウルシュベルクで暮らせたら、わたくしはそれでよかったのに。
殿下、愛しいジーク、わたくしは、妃になりたいと思ったことなど一度もないのです。ただ、ただあなた様のことをお慕いしておっただけ、ただずっとお側にいたかっただけで。
わたくしはどこをどう間違ってしまったのでございましょう?」
「間違ってない。お前は間違ってなんかいないぞ。失敗したとしたら、それはおれのせいだ。おれがへんな選択をしたのだ。
おれだって、心は同じだ。妃にしたいと思ったのはお前以外に……」
おれは言葉を続けられなかった。おれはエリーザベト様に求婚していたのだった。会ってくるだけでいいと言われたのに、勝手なことをしたのだ。あの方を妃として立てて、あの方の暮らしを守りたいと思ってしまった。迷惑だろうけれど、純粋な気持ちだった。
「でも、おれが肌を合わせたいのは、あっ……」
また、しくじった。レオノーレはかおをくしゃくしゃにして笑った。
「殿下はマグダ様をお召しになりましたのね」
答えられなかった。
「しょうじきなお方」
ノーレは泣き笑いになった。
「ひどいお方。わたしどもが考えて考えて、良きように計らって差し上げても、ご自分の思いつきで最後の一手をお打ちになる。
でもそれはたいして間違ってもいないのですわ。
愛しいジーク。あなたこそは王になるべきお方。ずっと、そう思っておりましたとも」