30章 60日目 センデ大公のオストブルク内宮殿 5 <回想>
そう、果物の汁やら、糖蜜やらを冷やし固めて実に旨そうだったのだ。季節は夏だった。時間をおくと融けてしまいます、直ちにご賞味あれと使者は口上を述べ、うちの侍従達は確認と対応のために少しその場を外した。おれ達が歓声を上げると、フランツが匙を取上げるなり変な目つきをして見せた。
……お待ちを。これは下賎のものには心得のない食べ方があるのです。
……なんだよ?
……殿下はお控えを。ここはわたしが手本を見せてご覧に入れます。
……公子様、でしたら覚え書きを作ります。
ノーレが身を翻した。それを待たずにフランツはスプーンを閃かせてその氷菓子を取り分けたものを掬って見せた。そして、その表面をクラウスに見せつけた。
……よくご覧なさいよ?
ふ。
珍しく、フランツが顔にあからさまに軽侮を見せたと覚えている。あにきによく似て見えて、一瞬背筋が冷えた。すぐさま、クラウスの顔色が変わった。
……公子様、あなたさまはいつもいつもおれのことを田舎者扱いなされるが、今日という今日は我慢の限界にございますぞッ。
言うなりクラウスはフランツの目の前の皿をたたき落とした。宝石を少しずつ少しずつ削って山にしたような氷菓子がぱっとテーブルの上に散らばった。すぐさまそれは融けてそれぞれほんの雫ほどの果汁に戻った。
……クラウス、らしくないぞ。いかがした?
クリスが肩を掴んで引き戻そうとした。それを振り払ってクラウスが向き直る。
……クリスティーナ殿は黙っておられよ!
クラウスに叱りとばされるとは思わずにクリスが身を震わせた。
……限界ならどうだというのです?
フランツが顎を上げてクラウスを見やった。クラウスは言葉を失い、さあ、とかさにかかって言われ、とうとう震える手でテーブルの上の残りをさらに払い落とした。
……おいッ。
さすがにおれは声が出た。あにきからの差し入れが。珍しい氷菓子が。誰も口を付けないままに床に零れてしまった!
……まずいだろ。いや、食えるかな? この辺は大丈夫なんじゃないか?
おれは思わず屈み込んでいた。
……殿下、なんという真似をなさるのです。それが王子のお振る舞いですか?
フランツの声は珍しく尖っていた。
……だって、もったいないだろ? 珍しいものを。きっと厨房じゃあみんな冷たい思いをして大変だっただろうに。一口だけでも口に入れてやらないと申し訳ない。
ノーレ、匙を……。
振り向いてみたノーレは、ぶるぶる震えていた。
………………あなたがたはッ……どうしてお行儀よく仲良くなさることができないのですか!? それでも殿下のご学友なのですかッ!? 殿下もいついつまでも幼な子のようにわきまえのないお振る舞いをなさってッ……ああッ憤ろしいッ!
真っ赤になって歩を進めると、床に落ちた氷菓子を踏みつけてそこで地団駄を踏んでぐちゃぐちゃにしてしまった。
……ノーレ、それは、一応あにきからの……
おれも滅多にないことに驚いてなんと言ったらいいか解らなくなった。
……ノーレ殿……
クリスもオロオロしていた。
……知りませんッ!
騒ぎを聞いて侍従達が駆けつけてきた。おれは取り繕うのに頭を絞った。
……ええと、あんまり珍しい菓子だから、取り合いになったんだ。ちょっと、みっともなかったな……はは。
あにきにはおいしく戴いたと言っといてくれ。ほんと、すまんな。おれたちで掃除もするし。
……汚したのはわたくしどもです。殿下にお手伝いいただくわけにいきません。決してお手をお触れになりませんよう。
ノーレは素っ気なく言って自分でモップを取りに行った。
……皆で均等に分け合って食べたと……冷えてお腹を少し下したぐらい言い添えると真実みがあることでしょう。ニコル、手伝って差し上げて。レオノーレ殿にお怪我のないように。
フランツはしれっと言い添えていた。
王からのシャーベットを喧嘩で台無し事件の真相。