30章 60日目 センデ大公のオストブルク内宮殿 4
食中毒だと、皆は言っていた。母上は見舞う度に哀しげに、しかし一転誇らしげにおれの頭を撫でた。フランツと仲良くするのですと繰り返し繰り返し言って聞かせた。三月ほどはがんばって、そして息絶えた。
おれがボンボンを食べられぬのは、そういうわけだったと腑に落ちた。
「あの……ボンボンか!?」
「誰にも言ってはならぬと言われて忘れていたなんて。ほんとうに、殿下は扱いやすいお方」
フランツは声をあげて笑った。
「だって、アデライーデ様はいつも母上と仲良しで、よく訪れて下すっていて、そんな、ありえない……」
「あなたを害しようとした菓子を、察して全て召し上がられたのです。わたしもあとで察したのですが。ええ、あの時は母の命ずるままに動いただけで。
兄王には王子が2人もいる、それでは我が子に王位が回ってこなくなると思い詰めたようで。
流産で体を損なって、もう子は望めぬと思って心を病んでいたと思し召してください」
「そうか、そうだな、お労しいな」
おれの声は干からびていた。それで叔母上は宮廷へも姿を見せないのかもしれなかった。事実を知って、夫のセンデ公が幽閉したということも考えられるし。
「また信じる」
フランツはさらに声を立てて笑った。
「フランツ」
おれはよろめいた。
「これは失礼。殿下、いや、陛下もどうぞ召し上がってください」
フランツはグラスを手ずから取り上げて、おれの前に置いた。優美な仕草でデカンタからうす黄色い液体を注ぐ。まったく非の打ち所のない振る舞いだ。
「ああ、いや、いい」
いつもおれのために利き酒といいつつ毒味をしてくれていたマグダの姿が蘇った。この前も、場を壊さない絶妙の演技であにきからの毒酒を退けてくれた。あそこで倒れていたら台無しだった。フランツの思うがまま……?
「そういえば、あれ以来殿下とわたしは同じ皿のものは食べないのでしたね」
「あ、ああ」
それは、係累の少ない我が王家の危機管理だと教え込まれていた。2人同時に斃れては、王家が絶えると。あと2つの大公家も、王家の血は薄れ、跡取りは幼い。だから、おれの皿はいつもレオノーレが相伴し、フランツは必ず大公家の従者に自分のものを用意させてきた。
「わたしは、父の言いつけで、幼い頃から毒に身体を慣してもいます」
「話には聞いた」
「ええ。ですから、じっさい1度2度でなく命を長らえております。殿下を害するためのボンボンも、たいした症状も出ませんでしたし。
陛下にもいやがられましたね。あれは痛快でした」
「おい、あにきがおまえを害しようとしたのか?」
王が薦めた食べ物、飲み物を、立場は臣下であるフランツが拒むことは出来ない。イヤガラセにしてもひどい。まったくこの前のマグダの対応は見事だった。……と。
「ええと、あれか? しゃりしゃり!?」
記憶は続けざまに蘇る。そういえばあにきが、万年雪を取り寄せて作らせたから、とおれたちの元へ氷菓子を届けたことがあった。
「ソルベと申すのです」
フランツは不快そうに眉を顰めた。