30章 60日目 センデ大公のオストブルク内宮殿 2
「それでか」
それは、ほんの3日前やっとリヒャルトの口から聞いた事実だった。
それは、この内乱のきっかけとなった乙女。狂王アレクサンデルとその取り巻きに寄ってたかって慰み者にされた挙げ句に不治の病を感染させられ、自害したという悲劇の……。
クリスティーナが首都を離れたのは、兄をてひどく振った事に加え、公の場でフランツを面罵したからだ。婚約者殿が哀れだと思わぬのか、彼女のためになにかしようとは思わぬのか、この腰抜け云々とまなじりを決してあげつらい……上官であり一応王族でもあるフランツに対して非礼であるということで、ちょうどおれが一通りの学問を学び終えたこともあり、各地に不穏な動きがあったので、クラウスに守を任せて国境にやったのだ。
クリスティーナがフランツの不品行を責めるのはいつものことだったので、まるきりその内容を調べさせたりはしていなかった! 首都を去るときのクリスティーナのもの言いたげな顔に、おれは気づくべきだった。
「女に、フランツ様の花嫁になりたかったと泣いて逝かれたら、男は何をしたらよいのでしょうね?」
「それ、は」
おれは喉を握りつぶされたような心地がした。
「べつにコンスタンツェ殿のことを愛しいと思っていたわけではありません。一度くらいは目を見合わせたことがあったかも知れません。一度くらいは、父に言われて花を贈ったことが、あったかも知れません。……それだけのことですよ。
ですから、此度のことは、たんなるきっかけ。
100年後に王をこの家から出すように、出すことが出来るように立ち回るのだ、父にはそう言われ続けてきました。ええ、殿下のお側に上がるより先に。
でもね、殿下、わたしは少しずつ父とは違う考えを抱くようになったのです。もしかして、わたしは人に思われているより気が長くはないのかも知れない。
なぜ100年後でなくてはならない?
我が孫が、ひ孫がやしゃごが王位に就くのではなく、わたしが王位についてはなぜいけないのかと。
期は熟していたと思いますけどね。大公家のうち、トアヴァッサーは跡取りがまだ幼く、キィも斃れたばかりで。王家には年少のあなたしかもう残っていない。
双龍君とは良き名です、誰が言い出したのやら。累代のセンデ公のうちでも、わたしは王妹を母としていて王家に血が近い。じっさい第2位の法定相続人と認められてもいましたし。
大それていますかね?
でも、それについてこっそり考えを巡らせるときが、いちばん楽しかったのですよ」
うっとりと、フランツは言った。
いつもいつも、公子様の方が王子らしいと言われていたフランツ。あにきに生き写しで。名も同じ。血筋も、能力も、王になって少しもおかしくない男だった。
「お人好しの殿下に教えて差し上げましょう、殿下のお母上を害したのはわたしの母です」
フランツは歌うように言った。
「な……」
母上の元をよく訪れていた。フランツの母君、アデライーデ叔母上。にこやかにリースの言葉で話しかけて、母上もうち解けた様子を見せていた。
「思い出しやすいように、
【ボンボンを差し上げましょうか?】」
フランツの笑顔が歪んだ。
「ボンボン……だと?」
【ほほ、ジーク様、ボンボンを差し上げましょう】
気取った高い声。ぬるぬるとなめらかな異国の言葉。
ふと、おれの脳裏に一連の記憶が蘇った。どうしても思い出すことができなかった幼い頃の記憶。