30章 60日目 センデ大公のオストブルク内宮殿 1
それから3日たっぷり悩んで、おれは、生まれて初めてオストブルクのセンデ大公の宮殿を訪れていた。レオノーレは、置いてきた。もう、毒味はさせられない。
すぐに応接の部屋に招き入れられた。とりあえずその部屋のしつらえは、おれの宮殿のどの部屋より壮麗だった。
……その半裸の異教の女神像はヴェレ伯の屋敷にあってもおかしくないぞ。
いい乳してる、とぼんやり目の保養させてもらったりして。
茶菓のもてなしはあったが、おれは手を付けなかった。
フランツは微笑んで現われた。人払いを、と言うと、フランツは目を巡らせた。周囲のものは音もなく立ち去った。
背を見せたまま、フランツは用意されていたグラスに葡萄酒を注いだ。
「あにうえを……しいぎゃくしてきた。4日も前になるが」
なんの前触れもなく、おれは本題を口にした。
「ええ、既にそのように聞いております。殿下、良くやってくださいました」
振り返ったフランツの声は静かで、力強かった。それは罪の重さに挫けそうなおれを支えてくれるはずだった。しかし、おれは、もう、フランツの声を虚心に聞くことはできない。
「それが、おれのできる唯一のことだから……」
おれは、フランツの目を見られず、艶やかなテーブルの木目をただ見つめていた。
「これで反乱軍方への立場がさらに強くなりました。首謀の伯爵を死に追い込み、原因の王陛下を除いたからには反乱の目的が無くなったわけです。一気に内戦は終了、王権はさらに強まりましょう」
「そうか、後始末を頼む。
しかし、人払いをしてまでおまえに問いたいことはこれではない。
フランツ、なあ、フランツ、反乱軍の首謀者はおまえなんだな? おまえが、おれの家を立ててこれまで守ってくれていた諸侯の兵を害しておったのだな? 畑を焼いて、街を荒らし、商人の行き来を止めておれの民を苦しめておるのだな?」
「おや、殿下、さすがです。気づかれないままかと思っていました」
フランツは目を見張って笑って見せた。いつも、頬から下は笑っている。しかし、クリスティーナがいつか言っていた。
………恐ろしい方。公子様は、いつも目までは笑っていない、と。
細めて見せていただけだ。フランツは、いっしょにいてもいつも、一息遅れて表情を出して見せていた。それは、フランツが王族として、堅苦しい育ちをしたからだと思っていた……!
レオノーレが女のカンを言い立てて急に城攻めをしたのは、反乱軍の首謀であるフランツを出し抜くためだったのだ!
「理由を……聞こう」
「理由」
そんなものが必要ですか、とフランツは呟いた。
手にしたグラスの酒を一口すすって、前髪を首のしなり一つで払いやると、答えた。
「殿下、シュヴァルツリーリエ伯息女コンスタンツェは、わたしの婚約者です」
莞爾と笑んで、フランツは言った。