29章 57日目 シュヴァン城 2
善後策を話し合いにリヒャルトがやって来た。
周辺諸国に突っ込まれない即位宣言はレオノーレとフランツが今必死で考えてくれている。この2人は絶対おれには必要だ。決まっていたとおり王位にはおれがつくことにして、法定相続人はフランツとなる。政務もおおかたフランツに見させる。レオノーレは……。
「結局は寵姫になさいますのが八方丸く収まるのでは? 寵姫は複数置くことが出来まする。エリーザベト様が王妃としてのつとめを果たされぬのは周知の事実。お若い陛下のお体をお慰めする寵姫が必要なのは皆納得いたしましょう、それはリースも、もちろん。国王の寵愛を被った方が政治に口だしするという実例も、ございますことですし……」
リヒャルトが大臣候補の名簿の紙束であおぐようにして言った。リヒャルトは今無造作に「口だし」という言い回しをした。違うだろ。レオノーレがおれのために心を砕いて考えてくれたこと全てを、そういう低いもの言いで表わされたくなかった。正当な立場からの献策、対等の統治者としての助言と言わせたかった。
「王妃はエリーザベト様で、レオノーレを寵姫にか?
それではレオノーレの産んだ子が庶子になるではないか」
エリーザベト様との間には子が望めない。しかし、教会のみとめた正式の結婚を経ない結びつきで産まれた子供には相続権がない。
「しかしながら 貴賤結婚でもそれは同じでございます。ならば、リース王家の格は押さえておくに越したことはございません」
「エリーザベト様はおれと肌を合わせるおつもりはないであろうよ」
礼は言われたが、まだあにきを慕う心があると見えるエリーザベト様は、ご自分の夫を殺したおれを心の底では許さないのではないかという怖れがあった。毎日花を届けさせてはいるが、礼儀として受けとっているだけと従者どもの困ったような顔で察せられた。
「それでも、格式を整えることは大切です。
辺境伯についてはご遠慮なく。ご息女に相続が認められなかった時点で、領地は王家にお返しすると公言しておいででしたよ」
「なんだと? レオノーレが辺境女伯で決まりじゃないのか」
リヒャルトは肩で息をして言った。
「陛下、辺境伯がいかようなものかお解りでないのですね。よその地ならまだしも、北部諸州を押さえる辺境伯はおなごに勤まるものではないのでございます。お若くて、まだ治まっていない頃は、辺境伯はご領地の見回りに忙しく、夫婦の語らいなど落ち着いてできないご様子でした。会議の季節に王都に腰を落ち着けておられることもこれなく、途中、様子を見にお国元へ戻られることも度々。今でも北国街道門が夜間も錠を差されないのは、それだけ北部諸州を警戒してのことなのでございます。それがあのお方におできになりましょうか? たとえレオノーレ殿が優れて聡いといえども、それだけでは。いわばクリスティーナ殿のような男顔負けの圧倒的な武勇こそが必要なのです。それゆえ、辺境伯も諦めて、ご息女を殿下に捧げられた」
「捧げるって、だから妃にくれたんだろう?」
尋ねると、リヒャルトは首を振って見せた。
「そこを思い違いしておられます。妃になるべき御方なら陛下のお毒味などなさいません。陛下のお子をお産みなされる大切なお体で、お毒味などもってのほか!
お毒味などは、端女、でなければ飼い犬の役目にございます」
「端女だと!? ばかな!」
おれは目の前が真っ赤になった。
「母后シュザンヌ陛下には毒殺の疑いもございました。陛下のお命を守ることは何より優先されたのでございます」
誰よりも近いレオノーレ、妃にしたいという度に、ムキになって辞退していた。時々食事に中って寝込んでいたレオノーレ、それは毒だったのだろうか。レオノーレは何度もおれの命を救ってくれていたことになる。そして、おれは自分を大切に思ってくれているおなごを盾にして生き延びてきた生き汚い王子と。
おれは何も考えられなくなった。